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第24話 それぞれの戦い
――ニナの場合――
「フハハハ!」
ニナはエレメンツィアを振りかざし、盗賊たちの方へ走り寄る。
有象無象の盗賊たちはその姿に……恐怖を覚えた。
白竜人としても類い稀な美貌――というにはまだ幼いが――を持つニナが、禍々しいオーラを放つ大鎌を手に迫る姿。
シュールだった。そして怖ろしかった。
平時に見れば可愛らしい無邪気な笑みも、今はただ恐怖心を煽り立てる。
――死神だ……。
誰が呟いたか。
その一言を皮切りに、盗賊たちは恐慌へ陥りニナから離れるように逃げ出した。
ニナは何故彼らが逃げるのか分からなかったが、これ幸いと目的の人物に鎌を振り下ろす。
ガキィィン!
ニナを単なる白竜人の小娘と正しく認識していた男――大剣使いのジャンは、背から抜いた愛剣でニナによるエレメンツィアの一撃を防いだ。
「っ! ぐ、お……。び、びっくり。白竜人と戦るのは初めてだけど、とんでもない馬鹿力だね、お嬢ちゃん」
ギリギリギリ。
左手で柄を握り、大剣の腹に右手を添えて、前に押し出すようにニナの攻撃を喰い止める。
下から支えるようにとならないのは、ニナの身長が低いため。
鎌の先端がジャンの胸に突き刺さるような進路をとっているからだ。
剣の腹で鎌の柄を押さえるような形である。
「そなたこそよく受けたな。人にしては、なかなかやる」
リュースケ程ではないが、とニナは心中で付け足す。
筋力ではニナが優るが、体勢でその差は埋まり力は拮抗する。
どちらも動けない。
その間にも他の盗賊と竜輔たちとの戦いは進行しているが、それを気にする余裕は両者共になかった。
「……俺はジャン。ジャン・デュジャルダン。傭兵だ。お嬢ちゃんの名前、教えてもらえるかい」
「ふ、よかろう。我が名はニナ・ベラ・アドルフィーネ・エルメントラウト・リア・ミりゅりゅ……」
――沈黙。
周りの戦闘音のみが鼓膜を震わせる。
ニナは気まずげに目を伏せた。
「……噛んでしもうた……」
「ぶふぅっ! それ反則……!」
笑い上戸であるジャンは、その可愛らしいミスについつい噴き出してしまう。
「わ、笑うでないわぁー!!」
笑って力が抜けたジャンの剣を、怒ったニナが鎌を斬り下げる形で弾く。
「やべっ。ちょ、待っ」
「待つかっ!」
斬り下げた鎌の刃を、手首を返して上に向け斬り上げる。
ヒュン!
鋭い風切り音。
エレメンツィアの先端はジャンの喉元でピタリと止まる。
少しだけ突き刺さり、赤い血玉が浮かんでいた。
「……降参」
ジャンは苦笑して、左手に握る愛剣の柄を手放す。
大鎌などというものは、通常そこまで切れ味がいいものではない。
多少の怪我を覚悟すれば、十分挽回の余地はあるようにも思われる。
が、しかし。
タフさには自信のあるジャンであったが、漠然と傭兵の生存本能で理解していた。
この鎌に突き刺されれば、死ぬと。
――ナツメの場合――
ナツメより一歩先んじたニナが、ジャンという大剣使いに斬りかかっていた。
何故か他の盗賊はてんでバラバラに走り回り、とりあえず邪魔になりそうもない。
そのニナに何らかの行動を起こそうとしている蒼い髪の女性に、ナツメは剣気を叩きつける。
ナツメの気迫に応じた……応じざるを得なかった「竜の翼」首領、怪盗シュピーゲルがこちらに向き直った。
「拙者、ナツメ・ヒイラギと申す。怪盗シュピーゲル殿に尋常な果たし合いを申し込みたい」
本来盗賊などという道を外れた輩には、このような礼をとるナツメではない。
が、相手がつわものであるのならば、その限りではなかった。
(竜輔殿は軽く見ていたようだが、なかなかどうして……)
対面すれば、ナツメには分かる。
この女は強い。
「……その名は捨てたわ。今はマルティナよ」
言って、シュピーゲル改めマルティナは腰に下がった短剣を抜いた。
逆手に握った短剣を胸の前に掲げ、構える。
(小細工を弄するつもりはないようだな)
相手が水人形などではないことを、気の流れからナツメは確信する。
そしてナツメも、海を渡る前からの相棒である愛刀「コテツ」を正眼に構え直した。
ちなみにコテツというのはジパングに名立たる名刀であるが、これは本物ではなくナツメが勝手に銘々しただけである。
尤も彼女の「コテツ」とて、無銘ながらかなりの業物には違いない。
睨み合う2人の間で気と気がぶつかり合う。
ナツメは擦り足でマルティナににじり寄り、対してマルティナは軽快な足さばきで間合いを測る。
(やはり、強い)
ナツメの頭の中で、幾通りもの仮想戦闘が繰り返される。
どのように斬りかかっても、一撃目は受け流される像しか結ばれない。
あれはそういう、受身の構え。
(ならば、待つ)
待つといっても、相手に先に攻撃させるという意味ではない。
ジパングの剣術の極意のひとつとして、「後の先」というものある。
これは相手の打って出る気配を感じ取り、それに先んじてこちらから攻めるという考え方を表す言葉だ。
どのような達人でも、攻撃に移る瞬間には、防御に関して隙が出来る。
ナツメの待ちは、つまりはそういうこと。
マルティナの「打って出る気配」を感じるべく、ナツメは全神経を集中させた。
「気配」などという無形のもの、分かるはずが無いと言う者もいる。
ナツメはそうは思わないし、多くの武芸者もそうであろう。
武における気配とは、曖昧模糊たるものではない。
視線の動き、足運び。
筋肉の蠢動、流れる汗。
相手のあらゆる動作から総合的に読み取れる情報を、気配という。
無論それらを余すところなく感じ取るためには、常軌を逸した集中力が必要とされる。
マルティナを凝視するナツメには、1秒が1分にも、1時間にも感じられた。
マルティナの額から流れる汗。
かなり焦れていることが読み取れる。
僅かに、痙攣するかの如く微動する彼女の肩。
攻めに転じるかどうか、迷っている様が読み取れる。
そしてマルティナの、足さばきの拍子が変わった。
「せぇぇ!」
「ふっ!」
前者がナツメ、後者がマルティナ。
傍目には同時に地を蹴ったようにしか見えないだろう。
だがそこには、微かで致命的で圧倒的な時間差が存在する。
ドサリ。
倒れたのはマルティナ。
短剣がナツメに届く前に、コテツの峰がマルティナの胴を痛烈に殴打した。
「ふぅー……」
ゆっくりと呼吸を整えながら、ナツメは勝利を噛みしめた。
――竜輔とラティの場合――
ローブの男に歩み寄る竜輔。
魔法使いである男は他の戦闘の援護をしたいところだろうが、ゆっくりと近づいて来る竜輔のプレッシャーに、下手な身動きを取れなくされていた。
ニナの突撃により恐慌状態に陥った盗賊たちは、狩猟民族ベラールの民であるラティにとっては良い的である。
ナツメに言われた通り、リュースケの背後にくっついて離れないよう注意しながら、矢をつがえては次々に放つ。
ゴッ! ガツッ!
石の矢尻が頭蓋骨に当たる鈍い音と共に、当たった盗賊は例外なく倒れる。
直撃しても倒れなかった、大剣使いのジャンとかいう男が異常なのだ。
「この調子で……きゃ!」
ラティは突然背後へ引っ張られ、悲鳴を上げた。
直後、よく斬れそうな剣がラティの眼前を通り過ぎて行った。
いつの間にか側面から迫っていた盗賊が、ラティの脳天をざっくりいこうとしていたのだ。
それに気づいていた竜輔が、ラティの襟首を引き寄せて強制的に躱させた。
襟首を掴んでいた左手を瞬時にラティの腹に回して抱き寄せつつ、盗賊に右回し蹴り。
ズドッ。
腹に重い一撃もらった盗賊は、呻き声も上げずに崩れ落ちる。
回し蹴りの結果、くるりと竜輔と入れ換わるようにローブの男と対面したラティは、再び悲鳴を上げる。
ローブの男がこれを好機と、こちらに右手を向けて魔法を放とうとしているのが見えたからだ。
男の右手から、魔力で編まれた炎が吹き出した。
ゴオオォォ!
思わず目を閉じそうになるラティだったが、自分の肩越しに竜輔の右手が伸びるのを見て、思い止まる。
「出ろ」
味もそっけもない竜輔の言葉と同時、その右手から眩い炎とは対照的な黒い闇が迸る。
闇――ヤミは大きく拡がりながら、何の抵抗もなく炎を呑み込みそのままローブの男へと直進した。
「何だと!?」
ここに来て初めて男が声を発した。
その驚愕ごと包み込むかのように、ヤミは男を覆い尽くした。
かと思えばそれは瞬時に消失し、男の姿をあらわにする。
「……?」
何が起こったのかわからず、男は両腕を眼前に掲げた守りの姿勢のまま棒立ちしていた。
ラティの方も、わかってはいても竜輔の魔法についつい驚いてしまう。
「射て」
ラティの腹から手を離しつつ囁かれた竜輔の言葉に、ラティはハッとして矢をつがえ、放つ。
ローブの男もそれを見て我に返り、放たれるのとほぼ同時に矢へ右手を向けていた。
が、それは結果的には完全に判断ミス。
「!?」
男の右手から炎が発せられることはなく。
自身の魔力残量が何故かゼロになっている事に気付いた直後、頭部への衝撃で男は意識を失った。
ローブの男が倒れ、ホッと息をつきそうになるラティだったが、まだ敵は残っていることに気付き慌てて後ろに振り返る。
そこには数人の盗賊たちが倒れ伏す姿と、それを見下ろす竜輔の姿があった。
視線に気づいたか竜輔はラティに顔を向けて、ニヤリと笑ってみせた。
怖い人だけど、ちょっとカッコイイかも、とラティは思った。
俺は周囲を見まわし、残った敵がいないことを確認する。
大剣使いのジャンはニナにエレメンツィアを突き付けれられ、降参していた。
シュピーゲル――さっき盗み聞いた話によれば今はマルティナ――はナツメに敗れ、その足元に横たわっている。
ローブの男は、ラティの矢で意識を刈り取られたのをたった今見たところだ。
その他の盗賊も全て地面に転がっている。
「終わったみたいだな」
俺がそう発言すると、ニナとジャン以外の立っている面子が頷いた。
ニナは油断なく鎌を突き付けている。
「げ。姐さんはともかく旦那までやられちまってるし」
ジャンはローブの男を見ながら言った。
てかマルティナの扱い酷いな。
「リュースケ。手が疲れてきた……」
エレメンツィアを下から支えるような姿勢は、ニナの両腕に負担を掛けているようだ。
「あー。いいぞ。鎌下ろして」
俺の言葉に、ジャン本人だけでなくナツメやラティも驚いていた。
ニナは疑うこともなくすぐさま鎌を下ろし、俺の方へ駆け寄って来る。
「竜輔殿、何故だ?」
「そいつ傭兵って言ってたし。この状況で抵抗するようなアホには見えないから」
勝った事を褒めて欲しそうなニナの頭を撫でてやりながら、回答した。
「よくお分かりで」
ジャンは苦笑し、鎌が刺さっていた喉元をさする。
「……では、この者たちを拘束しよう」
太刀を鞘にパチンと収め、ナツメが行動を促した。
俺たちは放置してあった自分たちの荷物からロープを取り出し、盗賊たちをがんじがらめに縛りあげる。
ここまでの道程で倒した盗賊も同じように拘束してある。
全員を連行するなんて事は無理なので、このまま放置してギルドに報告する予定だ。
「ジャンだっけ? ちょっと聞きたいんだけど」
俺は大人しく縛られて座る大剣使いに声をかける。
「おう。何だ?」
「この辺りに生物の気配がまったくない理由に、心当たりは?」
俺の質問に興味を持った他のメンバーもこちらに顔を向けた。
ジャンは目を丸くした後、首を傾げる。
「生物の気配が? いや、そんなはずはねーだろ。俺たちはここで狩りとかして食料調達してたんだぜ?」
「狩り尽くした、何てことはないよな?」
「それこそありえねえ。どこの誰に魔物を狩り尽くせるんだよ」
それはそうだと頷く俺以外。
俺は魔物と動物がどう違うのかよくわからんが、彼女らが頷くならそうなんだろう。
「って事は、盗賊の件とは無関係ってことか……」
こちらから関わる必要がなくなって喜ぶべきか、それともまだ他にある厄介事に悲しむべきか。
「彼らが関係していないとしたら、一体何なんでしょうか?」
ラティが誰にともなく問うが、明確に答えられる者はいない。
明確には答えられないが、わかりたくない事がわかってしまった。
俺たちに無関係であるなどと、楽観視はできないということ。
盗賊たちが何時から採掘作業を行っているのかは知らないが、ジャンの様子から、彼らが今日ここに入る前は異常がなかった事がわかる。
それから俺たちが到着するまでの間に、何かがあった。
俺たちを待ち受けるかのように。
まったくの偶然である可能性も高いが、ここ最近の俺の不幸さをかえりみるに……はあ。
「とにかく、迅速に町に戻ろう。今戻ろう。すぐ戻ろう」
「わ、わかった。そうしよう」
俺が急かすと、勢いに驚きながらナツメが頷いた。
ニナはよくわかっていないのか、こてんと首を傾けていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
俺たちは、立ち止まっていた。
採掘場の出口が見える。
今まで薄暗いところを歩き回っていたので、目に入る太陽光は俺たちに安堵感をもらたす。
はずだった。
「……ナツメ、先に行っていいぞ」
「い、いや。うむ……」
促すとナツメは逡巡する様子を見せた。
それもそのはず。
洞窟の外から、大気を震わせるほどの精神的圧力が感じられるのだから。
ニナはビビって俺の腰に抱きついている。
ラティはさすがに抱きついてはいないが、蒼ざめた顔でナツメの服の裾をぎゅっと握っていた。
この感じには、覚えがある。
「りゅ、リュースケ……」
「……ああ」
ニナも同感であるようだ。
「ガルムのときと、似たプレッシャーだな」
そう口にすれば、ニナはビクリと身を震わせた。
「ガ、ガルム……? ガルムの森のガルムですか? 見た事があると?」
ラティがぎょっとした様子で訊ねてくるが、今はその事は置いておいてもらいたい。
「まあな……。その話はまた今度。とにかく、ガルム級の何かがこの先にいるってことだ」
ごくり。
誰かが生唾を飲み込む音がした。
生物の気配がなかったのはコイツがいた所為だろう。
つまりは、逃げ出したのだ。圧倒的な強者から。
「な、何故こんなところにそんなモノがいるんですか……」
「……理由はわからん。わからんが、行くしかないだろう」
チャキ。
ナツメはそう言うと、左手の親指で押すように刀の鯉口を切った。
「こ、ここで彼奴がどこかへ行くのを待つというのはどうじゃ?」
「無駄だ。明らかに俺たちに向けたプレッシャーだろうが。いることバレてるって」
ビビりまくるニナの頭に手を置いてやりながら、ナツメへ視線を送る。
「真面目な話、俺が先頭で行くか?」
「……いや、拙者が行こう」
ナツメは決意したように、カタナの柄を握る。
「皆、ひと固まりで付いてこい。……といっても足が竦んでいるか。竜輔殿、2人は任せるぞ」
「ああ」
俺はニナとラティをそれぞれ小脇に抱える。
ラティは扱いに不満気だが、足が動かないので文句を言う気はないようだ。
ニナはエレメンツィアを握りしめて、ぎゅっと目を閉じていた。
「……参る!」
猛然と走りだすナツメに続いて、俺も駆ける。
さすがに人2人を抱えたままでは走りにくいが、何とか遅れずに付いていく。
陽光に目を細めつつ、ナツメと俺は外へと飛び出す。
ギャオオオオオオオオ!!
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