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第27話 力将、ガルデニシア
殺し合いを前にガルデニシアが初めて見せた嗤い。
酷く、狂った嗤いだった。
戦うことが楽しくて。
ただ力を行使することが、彼女の生きがいであるのだと。
心を病んだ女が嗤う。
美人なのに、なんて気持ち悪い嗤い方をするのか。
視覚的にではなく、精神的に気持ち悪い。
同時に、悲しい女だと俺は思う。
おそらく、彼女にはこれしかないのだろうから。
「ん。このくらい」
ガルデニシアの呟き。
魔法を使った、と感じた。
呪文もなければ光もないし、炎も水も風もない。
ただ、何かが変わった。
ナツメもそれは分かっているのか、油断なくガルデニシアを観察している。
「んっ」
ダァン!
轟音と共にガルデニシアが消えた。
ニナとラティは、そう思っただろう。
ドゴォォォォン!! ガラガラガラ!
ナツメの後方。
高さ10メートルはあろうかという、乾いた土塊が砕け散った。
土塊といっても、その硬度は岩に匹敵するはずだ。
「……」
もうもうと上がる土煙。
ナツメは構えたまま、無言でそれを眺めている。
その額には冷や汗。
起きた事自体は単純だ。
ガルデニシアが思いきり地を蹴り、ナツメに殴りかかった。
最初の轟音はそれだ。彼女が地を蹴り砕いた音。
ナツメがそれを紙一重で避けて、勢い余ったガルデニシアは土塊につっこんだ。
それだけ。
ただ、それが目にも止まらぬ速さで行われたというだけの事。
躱さなかったら……もしも直撃していたら、ナツメが土塊の代わりに粉砕されていた。
それだけの、事だ。
……滅茶苦茶だあの女。
……ガラ。
土塊の破片と土煙をかき分けて、ガルデニシアが姿を現した。
「加減、間違えた」
ぽんぽんと、服をはたいて汚れを落としている。
「でも、よく避けた」
ニタァ。
ナツメを見て、またあの嗤いを浮かべる。
ダンッ。
先程よりは軽い勢いで、しかし驚嘆に値する速度でガルデニシアがナツメに迫る。
「くっ!」
胴を目がけて横薙ぎに振るわれた太刀の峰を、ガルデニシアは左の手の平で受けた。
目を見開くナツメ。
ガルデニシアの右拳がナツメの腹部に吸い込まれ、体がくの字に折れ曲がる。
振るわれた右足がナツメの胸部を痛撃、弾き飛ばす。
ナツメは地面に背を強かに打ちつけつつ、すぐさま転がるように体勢を立て直す。
「ぐ……がふっ」
だが咳き込んだその口からは、赤い液体が飛び散った。
まずい。内臓が傷ついている。
それでもナツメは戦意を失わない。
握る刀の刀身が、薄赤く発光を始めていた。
追いつめられないと使えないと言っていた技。
3撃。いや、1撃目は躱し、3撃目は自ら跳んで軽減していたから、実質1撃。
1撃で、ナツメは追いつめられたということ。
ピク。
追撃を掛けようとしていた、ガルデニシアの足が止まる。
そして訝しげにナツメを見る。
「……何か、変わった?」
修行を積まないと、赤い光は見えないらしい。
様子からしてガルデニシアにも光は見えていないようだが、天性の才能か、勘か、経験則か。
ナツメの異変に気が付いている。
スッ。
ナツメは無言で、天を衝く上段の構え。
ティラノを一刀両断にしたあの技、天地だ。
人を相手に使ったら、普通に殺してしまいそうだが。
それとも威力は加減できるのか。
「それ、あの時の技」
ガルデニシアのその言葉は、彼女がアレを見ていたという証拠だ。
「……ちっ。そういう事かよ」
思わず、舌打ちが出る。
何故、ガルデニシアがナツメに決闘を挑んだか。
ティラノとの戦いを、見ていたからだ。
方法はわからないが、ティラノ自体彼女がけしかけた可能性もある。
睨み合う両者。
「斬鬼仏滅、退魔殺神」
ガルデニシアは、左を前に、右腕を大きく引いた、半身の構え。
「柊流奥義、天地・劣!」
ヒュン!
「ふっ!」
馬鹿か!?
そう思ってしまった。
ガルデニシアは赤い光に、真っ向から、己の拳ひとつで挑んだ。
彼女には見えていないはずの光に、完璧にタイミングを合わせて。
ガァアン!
音と共にガルデニシアの右腕が、それに引っ張れる形でその身体が、後方へと吹き飛んだ。
くるり。
器用に空中で後ろ向きに回り、足から着地する。
そして僅かに眉根を寄せて、右の手をぷらぷらと振った。
「……痛い」
「馬、鹿な……」
ナツメは顔を驚愕に染め上げ、絶句する。
反対にガルデニシアは冷めたような無表情。
「こんな、もの?」
ふう、とため息をつく。
「もう、飽きた」
ダン!
ガルデニシアはナツメに向けて、大きく跳び上がった。
「潰れなさい」
右腕を、大きく振り下ろす。
「……っ! くっ!」
避けようとしたナツメだが、動きが止まる。
苦しげに表情を歪めて、口の端から血を零す。
それでも何とか、倒れるように身体を後ろに傾けた。
そのナツメの鼻先を、重力を加算したガルデニシアの拳が掠める。
ドォォォォン!
「ぐあっ!」
爆発するような破壊音と共に、地面が、土が、そしてナツメも、弾け飛ぶ。
大地に、巨大なクレーターが誕生した。
ドサッ。カラーン。
ボロ切れのように落下したナツメと、その愛刀。
右腕が微かに動き、落とした刀を拾おうとしている。
ガルデニシアは、倒れたナツメに無言で歩み寄る。
「っ! 待て!」
俺はナツメの前に立ち、ガルデニシアと向かい合う。
「何」
「勝負ありだ。もういいだろ」
思いっきり睨まれる。
こえええ! 超怖いよこの子!
「……りゅ……殿……手を……」
「手を出すなってか? ふざけんな。意見したけりゃ立ってからにしろ」
文句有り気なナツメをバッサリと切り捨てる。
ナツメは悔しげに押し黙った。
「負けたら、死ぬ。それが、当たり前」
「かもな。別に殺すななんて偽善者ぶるつもりはねーよ」
「なら、退いて」
「嫌だね」
ガルデニシアは、訳が分からない、といった様子で首を傾げる。
「俺はナツメが死ぬのは嫌だ。だから助ける。これもまた、当たり前」
「……ならば、貴方が戦う?」
「それも嫌だ」
やってられるか。こんなヤツと。
「……貴方、わがまま」
無表情だが、心なしか怒っているような気がする。
いやまあ、そりゃ怒りますよね。
「どの道、貴方とも戦るつもりだった。邪魔するなら、構わない」
抵抗するならしてみるがいい、とばかりに構えるガルデニシア。
「ま、待て! ちょっと待った!」
「何」
意外と素直に聞くよな、コイツ。
今のうちに考えろ!
生き残るには、どうしたらいいか考えろ!
こいつはナツメを殺したいってわけじゃない。
殺すのは当たり前だから殺す。
邪魔をするなら殺す。
俺と戦いたいから、丁度いい。
「!」
ここ、重要!
ガルデニシアは俺と戦いたい。
おそらく、ナツメを殺すことよりは、そちらの方が重要だろう。
これは賭けに近い。
ガルデニシアにとって、俺と戦う、という事がどれほどの価値を持っているのか。
「お前は、俺と戦いたいのか?」
「そう」
頷くガルデニシア。
「ならば、お前がナツメを殺すというのなら、俺は自殺する」
………………ヒュー。
しばし、その場を風の音だけが占領した。
足が竦んで動けないらしいニナとラティも、茫然としている。
「……なら、ヒイラギナツメはもういい」
案の定、それほど殺すことには拘っていない。
でも、貴方とは戦う、と目が言っている。
それは困る。俺はやりたくない。
「お前が俺と戦おうとしても、俺は自殺する」
………………ヒュー。
「……それは、困る」
困っているようには見えない無表情だが、困っているようだ。
「お前は俺と戦いたい。でも俺はやりたくないから、挑まれれば俺は戦わずに自殺する。つまり、現時点ではどうやってもお前は俺と戦うことができない」
??? と、頭上にクエスチョンマークを浮かべるガルデニシア。
「だったら、その女を殺すのを、貴方は止められない」
「現時点では、と言ったはずだ。俺の気が変わったら、相手をするかもしれん。だがナツメを殺せば、その機会は永久に失われるだろう」
「……」
ガルデニシアは沈黙して考え込む。
彼女の考えが纏まる前に、俺はたたみ掛ける。
「今は、退け。この場で永久に機会を失うよりは、いつか俺と戦える可能性をとれ」
イマイチ納得できないようだが、どうしようもない、と感じたようだ。
ガルデニシアは、渋々と頷いた。
「わかった。今は、退く。また、いずれ」
ザッ。
踵を返して、魔人四魔将軍、力将ガルデニシアは、歩き出す。
そしてピアスに触れて何事かを呟くと、彼女の姿が幻のように消え去った。
「き、消えちゃいました……」
「うむ……」
いなくなったことで、呪縛が解けたようにラティとニナが声を発した。
「……フュー! アイツが馬鹿でよかったぜ!」
俺は額の汗を拭う。
ニナが、ハっとしたように俺を見た。
そして駆け寄ってきて、俺に抱きつく。
「りゅ、リュースケ! 自殺など、わらわは絶対に許さんぞ!」
顔を赤くして怒るニナ。
「落ち着け。本当にするわけないだろ」
「……え? 嘘だったんですか?」
ラティが驚いたように言う。
「当たり前だ。もし、ガルデニシアがそれでもナツメを殺そうとすれば、戦うしかなかっただろうな。それより……」
俺はナツメを見る。
完全に意識を失っていた。
「早く町に運ばないと、死ぬな」
「……キャー! な、ナツメちゃーん!」
つい先日世話になったばかりの、ラトーニュの治療士の元へ、俺たちはナツメを運んでいった。
魔導要塞ヴァルガノス。
世界征服急進派の巣窟ともいえるここで、魔王派筆頭の知将ベリアルは、優雅にティータイムを楽しんでいた。
派閥が違うといっても、そこは魔人四魔将軍。
一兵卒共が無礼を働ける相手ではない。
とはいえ、彼とて主の娘に呼び立てられねば、こんなところに来たくはなかったが。
「と、いうことがあった」
対面でこちらも茶を飲むのは、魔王城の姫にして力将、ガルデニシア。
急進派の旗頭、という事になっている。
彼女の話を聞いて、ベリアルはため息をついた。
「ガルデニシア様。それは騙されています」
べリアルの言葉に、ガルデニシアがどういう事かと目で訊ねる。
「決闘に割り込んでまで仲間を助けようという人間です。その仲間を殺そうとすれば、自殺? あり得ません。無駄に状況を多面的に見過ぎて、混乱したようですね」
「……そう、かも?」
そういう人格を理解できないガルデニシアには、よく分からない話であった。
彼女に、騙されたことを恨む気持ちはない。
騙されたのは自分が馬鹿だからで、騙された自分が悪いのだと思っているからだ。
彼女が知りたいのは、どうすればあの男と戦えるのか、という事。
「どうすればいい」
「そうですね……。真っ正直に挑んでも、姫様お馬鹿だから、また口八丁で丸め込まれそうですからねえ」
この男、とにかく口が悪かった。
男の性格は幼い頃から見知っているので、ガルデニシアは特に気にしない。
茶の香りを楽しみつつ、大して真剣でもない様子で考えるベリアル。
「ああ。こんなのはどうでしょう」
ベリアルの適当な思いつきに、ガルデニシアは素直に頷いた。
彼女は、自分が頭を使うのを得意としないことを、自覚している。
だから、参謀の提案がどんなに卑怯卑劣で、そして破綻したものであっても、反論を考えようとすら思わない。
計画を実行に移すべく、ガルデニシアは動き出す。
ベリアルはどうでもよさそうに、それを見送った。
まさか自分の適当な提案が、後に魔国を揺るがす大事件を引き起こすなどとは、思いもせずに。PR
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