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第28話 竜の逆鱗
ここが中立の町ラトーニュであることが幸いし、ナツメは一命を取り留めた。
治療士と呼ばれる魔法使いがいる。
治療士とは、魔法属性が「治癒」であるとか「再生」であったりする、人体治療が可能な者が名乗る。
数はそれほど多くはなく、1つの町に1人いるかどうか、といったところだ。
魔国なら、また事情は異なるのだろうが。
そんな訳で、彼らの診療への報酬――代金は、非常に高額である。
誰もが治療士に診てもらえるわけではないので、普通の医療もそれなりに発達している。
今回はたまたま懐が暖かかったのと、ナツメの状態が内臓損傷、複雑骨折と酷かったので、治療士に診てもらったというわけだ。
とまあ、長々と説明したが、何故ラトーニュであることが幸いしたのかというと。
簡単に言えば、人間の治療士より、魔人の治療士の方が優秀な者が多いからだ。
気軽に魔人の治療士を訪ねられるのは、ミッドガルド広しといえども、ここラトーニュだけだろう。
大金を支払って魔人の治療士を呼び寄せる金持ちもいるらしいが。
「うう……ありがとうございました……」
「金払いの良い客はいつでも歓迎だ。魔力が持つ限りはな」
白金貨12枚という法外な治療費を、ラティは泣く泣く支払った。
そしてそれだけの報酬に見合う腕が、この年配の女性治療士にはある。
何しろ小一時間で、ナツメの怪我をほぼ完治させたのだから。
正直、何でこんなところで治療士をしているのかわからない。
「追われる身でね」
素直に聞けば、嘘かホントかそんな返答。
まあラトーニュにはそういう人も多いからな。
「肉体は完治しているはずだが、失った血液とか疲労とかは回復してない。しばらく、安静にさせておけ」
クールに告げて、入り口まで見送ってくれた治療士は診療所の中に消えて行った。
ちなみに、ナツメは未だ目覚めず俺の背だ。
入院設備はないらしい。
それを逆に見送ってから、俺たちは宿への帰路についた。
「ま、ひとまず助かってよかったな」
「リュースケさん達も、少しは出してくれてもよかったんじゃありませんか?」
ラティは、ジト目でこちらを見る。
治療費の話だ。
「怪我はナツメの自業自得とも言えるだろ。ナツメに全額請求しろ」
「そうじゃそうじゃ」
「うう、それはそうですが……」
怪我人にお金を請求する、という行為に罪悪感を覚えているらしい。
肩を落とすラティはとりあえず放置。
それよりも問題は、魔王の娘――ガルデニシアの事だ。
ある意味最高のチャンスではあったんだが、俺は戦いを避けた。
ナツメの治療を優先したかった、というのもあるが……。
人格的に怖かったので、腰が引けました。
ニナも、見逃したことに関して特に何も言わない。
実物を目にしちゃうと、ね。
アレと戦え! とは言いづらいものがあるのだろう。
はあー。どうするかなあ。
アレの親父まで倒せとか言われてもなあ。
ラティと同じく肩を落とす俺を、ニナが不思議そうに眺めていた。
夕刻。
別の部屋に泊まり始めたらしい若い魔人女性と会釈をしてすれ違い、目的の部屋の扉をノックした。
コンコン。
『どうぞ』
ガチャリ。
「……」
「……」
ナツメが目を覚ましたとのことで、ラティとナツメの部屋に見舞いに来たのだが。
なんか、睨まれてる?
ナツメはベッドの上で上半身を起こした状態で、部屋に入って来た俺とニナ、いや、俺を睨むように見ていた。
ニナはむっとして睨み返し、ラティはおろおろしていた。
「えーっと……。何か、怒っていらっしゃる?」
「……いや。怒るというか……複雑な心持ちだ」
ナツメは気まずそうに目を逸らす。
ふむ。
「命を助けられたことには感謝しているが、決闘に水を差されたことは納得がいかない、ってところか?」
俺がそう聞くと、図星なのか、ナツメは「むぅ」と唸った。
「ナツメちゃん、気持ちはわからないでもないけど、命の恩人にその態度は……」
「いや、いい」
ナツメを窘めようとするラティに、俺は静止の声を掛ける。
「俺の勝手な都合で止めただけだ。感謝する必要もないし、邪魔した俺を恨むなら恨め」
「勝手な都合、ですか?」
「ああ。俺が勝手に、ナツメに死んで欲しくないと思っただけだ」
命の価値なんてもんは、人それぞれだ。
ナツメにとって「結果死ぬとしても決闘を邪魔されたくないプライド」が、自分の命より大切だと言うのなら。
俺にとって「決闘を邪魔してナツメに恨まれること」よりも、友達の命の方が大切だった。
ただ、それだけの事。
ナツメは目を閉じると、考え込むように沈黙する。
そして何秒後かに、大きなため息を吐いた。
「そう言われては、意地を張っているこちらが恥ずかしくなる」
目を開き、俺の顔を真っ直ぐに見た。
「竜輔殿。救ってくれたこと、感謝する」
ニヤリと笑って、俺は応える。
「気にするな。顔が赤いが、熱でもあるのか?」
「……っ! 怪我が痛むだけだっ」
ぷいっと反対側を向いて、ナツメは布団にくるまった。
「ナツメちゃん、照れてるんですね」
「照れてないっ」
「いや照れておるじゃろ」
「照れてないっ!」
ラティとニナの言葉に、布団の中から声が返った。
俺たちはひとしきり笑って、ナツメの無事に安堵する。
2,3言葉を交わしてから、俺とニナは部屋を後にした。
就寝前。自室。
当然だが、俺とニナは別室だ。
ニナは一緒でもいいとか言っているが、結婚前の男女が同室など許されないのだ!(意外と純)
とは言いつつも、本気で治安の悪いところとか、野宿とかでは一緒に寝てるんだけどね。
ほぼ毎朝ベッドに潜り込んでくるし(鍵を掛けておくと、怒る)。
まあニナの事は好きだけど、妹のように思っている部分が大きい。
今のところ、変な気分になったことはない。
さてそれはともかく。これからどうするか。
1.魔王とその娘を堂々と征して、世界に平和を取り戻す。
2.魔王とその娘を搦め手で倒して、世界に平和を取り戻す。
2.魔王とその娘を搦め手で倒して、世界に平和を取り戻す。
3.逃げる。
4.その他。
ま、だいたいこんなところか。
最有力候補は3だが、これは最後の手段。いつでもできるし、慌てることもない。
2については、その方法が今は思いつかない。
ならば、1について考察するしかないだろう。
魔王を先に倒してしまえば、魔国との全面戦争が始まってしまうことはわかっている。
だから娘から、なのだが、これも殺してしまうとまずいかもしれない。
怒り狂った魔王が攻勢に出ることも考えられる。
ならば、娘――ガルデニシアを生け捕りにして、人質とするか?
あれ?
1について考えていたはずなのに、思考が2に寄って来た。
……まあいい。
で、こちらも現実的ではない。
ガルデニシアの人質としての価値云々というのもあるが。
まず、生け捕りにできるか?
できたとして、どうやったらあいつを捕虜として維持していけるのか、想像もつかんぞ。
牢に放り込んでも平気で逃げ出すだろう。
……うーむ。
個体として能力が高すぎて、どうにもならん。
魔王と娘をどうこうするより、もっと他の手段を考えた方がいいんじゃないの?
お互いもっと、言葉で分かりあえると思うんだ。
そう、そうだ。
そもそも根本がおかしいんだ。
向こうには向こうの言い分があるかもしれない。
魔王だから、魔人だからと言って、問答無用で斬り捨てていいのか?
いいわけがない。
それでは、ユダヤ人だからという理由で虐殺したナチスの連中と何ら変わりがない。
選択肢4だ。これしかない。
ラブ&ピースで世界を救おう!
現にここ、ラトーニュではあらゆる種族が共存しているじゃないか!
かなりギスギスした空気の中でだけど!
方針は今、完全に定まった。
さっそく近いうちに、ガルデニシアと対話を……対話……。
ニタァ。
あの嗤いが、脳裏を過る。
対話……できるか?
い、いや。諦めるな。
意外と素直なところもあったじゃないか。
話せばわかる!
このセリフを言ったとされる犬養首相は、とても理性的に暗殺者を諭したそうだ。
銃を持った暗殺者に「まぁ待て。話せばわかる」と落ち着いた様子で言った。
そして応接間に通そうとまでしたという。
なんて素晴らしい人なんだ!
俺に必要なのは、まさにこの精神じゃないだろうか。
だが理性を欠いた犯人の青年将校らは、問答無用と彼を撃ち殺したらしい。
…………あれ? 駄目じゃね?
いやいや! これはちょっと例が悪かっただけだ。
今回はどちらかと言うと、俺が青年将校の側なわけで。
俺が理性的に話し掛ければ、きっとガルデニシアもわかって……わかってくれる……といいなあ……。
悶々と悩むうちに、俺はいつしか眠りについていた。
ラトーニュの夜闇を、音もなく駆ける人影が4つ。
彼らはとある高級宿の近くで、足を止める。
互いに手信号を送り合い、無言で意志の疎通を図っている。
宿の裏手に回り込み、裏口を護る警備の男に、人影の1人が話しかけた。
「やあ。お疲れ様です」
「あ、どうも……がっ!」
ドサリ。
警備の男の気が逸れた瞬間、別の人影が背後から殴打し、気絶させる。
手早く猿轡を噛ませ、縄で拘束した。
この警備の男、冒険者ランクにしてC。
それなりの手練である。
彼を瞬時に無力化した手際から、人影が只者ではないことが窺えた。
人影は2階の窓を見上げる。
事前に潜入した仲間からの情報を元に、標的の部屋を確認した。
彼らは頷き合うと、1人が壁に手をついて仲間に背を向ける。
別の1人が、その男の背を蹴って、2階の窓枠に手を伸ばした。
がし。
窓枠を掴んだ右腕だけで身体を引き上げると、最小限の物音で、窓を破壊する。
室内のベッドを確認。
標的が目を覚ます気配はない。
内部に下り立ち、外の仲間に大丈夫だと手ぶりで伝える。
壁に手をついた人影以外の、3人が室内へ侵入する。
ベッドに近づく。
標的は未だ、穏やかな寝息を立てている。
人影は再び頷き合い、1人が標的の身体を押さえると同時に、もう1人が薬品の染み込んだ布で標的の鼻と口を塞いだ。
「っ!? んー!」
目を覚ました標的が、驚きに目を見開き、全力で暴れる。
「くっ……コイツ、なんて力だ……!」
「それに、薬がなかなか……!」
とうとう振り解かれ、標的は跳ねるように壁際へ移動。
掛けてあった武器を手に、人影を睨みつけた。
「なんだ、貴様ら――」
ズビシ。
「きゅう」
動いていなかった3人目の人影が、標的の首筋に手刀を叩きこんだ。
倒れそうになった標的を、慌てて他の2人が抱える。
「面倒。これでいい」
3人目が淡々と告げた。
最初からやってくれよ、と他の2人は思ったが、相手はとっても偉い人なので、口が裂けても言えなかった。
「ガル――隊長、標的が武器を強く握って放しません」
「いい。はやく、帰る。眠い」
あんたのわがままに付き合わされているのは我々なんだぞ、と2人は思ったが、口が裂けても言えなかった。
人影は標的を窓から落とし、下で待機していた1人がそれを受け止める。
そして全員が脱出し、標的を連れて速やかにその場を去った。
……ん……ん?
何か違和感を覚えながら、俺は目を覚ます。
「……? 何だ?」
身体を起こし、寝ぼけた頭で違和感の原因を究明する。
「あ」
そうだ。ニナが潜り込んでいない。
本当に寝ぼけている。
別に俺の方が先に起きるのが、初めてというわけでもない。
珍しいことは確かだが。もう昼近いようだし。
俺はベッドから降り、軽く身だしなみを整える。
扉を開き、廊下に出た。
隣の、ニナの部屋の扉をノックする。
コンコン。
……しーん。
反応はない。
「おーい。ニナー」
ゴンゴン。
今度はもう少し強く叩く。
それでも反応がないので、扉を開こうとする。
ガチャガチャ。
鍵がかかっていた。
当然だ。俺はともかく、ニナには絶対に鍵をかけてから寝るように強く言ってある。
「……ふむ?」
では何故出てこないのか。
「リュースケさん?」
「ん?」
声を掛けられたので振り向けば、少し離れた部屋の扉から、ラティが顔を出していた。
ノックの音と俺の声が聞こえたのだろう。
「どうしました?」
「いや、ニナが出てこなくてさ。鍵はかかってるからいると思うんだけど」
俺は首を傾げる。
「そうなんですか?」
ラティも首を傾げた。
「あ、そうそう。リュースケさん、部屋に鍵かけないで寝てますよね。何か盗まれたりしてませんか?」
「は? 何で?」
「昨夜、裏口の警備員さんが倒されて縛られていたらしいですよ。誰かが侵入した形跡はなかったらしいんですけど。念のため確認しておけって、さっきおば――お姉さんが」
ズガーン!
俺はニナの部屋の扉を蹴破った。
「ひゃあ!? りゅ、リュースケさん!?」
「何事だ!?」
ラティと、音を聞きつけたナツメの声を無視して室内に入る。
ぐるりと見まわす。
ニナはおらず、窓が壊れている。
「ちぃ!」
何か手掛かりは!?
俺は目を皿のようにして、部屋の隅々まで視線を巡らせる。
「どうした!」
ナツメが駆けこんでくるが、構っている暇はない。
それほど注視しなくても、小さなテーブルの上に、それはあった。
置き手紙、だろう。
手にとり、一瞬で目を通す。
「竜輔殿?」
「リュースケさん?」
書かれた内容はこうだ。
白竜人は預かった。
返して欲しければ、魔導要塞ヴァルガノスに来て、わたしと戦いなさい。
ガルデニシア。
「おい、どうし――っ!」
覗きこむように俺の顔を見たナツメが、絶句する。
「? ナツメちゃ――はわっ!」
同じように見たラティが、腰を抜かして床に座り込んだ。
そんなに酷い顔をしているか?
「ラブ&ピースはやめだ」
ギリ、と、俺は歯を噛みしめる。
ぐしゃり。
手紙を、握り潰した。
「あのクソアマぁ……! 望み通りぶち殺してやる……!」
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