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第33話 森の民
獣人たちの楽園、チコメコ・アトル大森林。
ミッドガルド大陸のおよそ5分の1を占める広大な森林地帯には、未だ多くの未開の地が残されているという。
大森林の名の通り、チコメコ・アトルの大部分は森林地帯である。
しかし一部には、山岳地帯や草原地帯なども点在することが確認されている。
この深淵な森を抜けてまで行こうという者はそういないようだが、西の端は当然海にも面しているはずだ。
獣人たちはそこで、部族ごとに小国家群を形成している、とされる。
が、実際のところ、彼らの多くは閉鎖的である。
故に、ラティたちベラール族のように、チコメコ・アトルの外部と接触を持った部族から得た情報により、そうなのであろうと推測しているに過ぎない。
むしろ、人や竜人はもちろん、同じ獣人とすら、部族が違えば交流を図ろうとしない種族が大半を占めるそうだ。
うっかり彼らの縄張りに足を踏み入れようものなら、極端な話、捕まって大鍋で煮込まれてしまう可能性すらあるのだとか。
「と、そう言ったのはラティだったよな?」
「うっ……。ごめんなさい……」
涙目で謝るラティに、冷たい視線が3つ突き刺さる。
俺たちは今、迷子になっていた。
チコメコ・アトルには道らしい道もないので、馬車で入ることはできない。
よって徒歩での移動となる。
まともな地図が存在しないため、ここの住人であるラティの先導に任せた訳だが。
「まさかラティが道を間違えるとはのう……」
「はうっ」
「まあまあ。聞けばラティも帰郷するのは4年ぶりだとか。頻繁に外と行き来するわけでもなかろうし、間違えても無理はない」
ナツメがフォローを入れるが、ラティは落とした肩が上がらない。
「で、だいたい今どの辺りかもわからないのか?」
「多分、方向的にはあっちの方かなぁ、と」
「……そっちは東だが……」
戻ってどうする。
「はあ。相変わらず使えんのうラティは……」
「うわーん!」
「よしよし。拙者の胸でたーんとお泣き」
いつぞやの焼き直しのようになった。
「まあ迷っちまったもんは仕方ないな」
ここまでの道のりはだいたい覚えているつもりだ。
戻ろうと思えば戻れるはず。
……3日は歩いた道のりを引き返すのはすごく嫌だが。
そう提案しようと思った矢先に。
「お」「む!」
俺とナツメが同時に声を上げた。
ヒュン!
「せいっ!」
カッ!
木々の隙間から飛来した矢を、ナツメが抜き打ちで叩き斬る。
真っ二つに割れ落ちた矢を見て、ナツメは満足気に頷いた。
「……当たるコースじゃなかったよな」
「そうだったか?」
目を逸らすナツメ。
多分、飛んでくる矢を斬り落とすのをやってみたかったんだろう。
「な、何事じゃ?」
すぐさま俺の背後に隠れるニナ。
「あ、あわわ……まさか他の部族の縄張りに……!」
おろおろと挙動不審になるラティ。
いつも通りの皆に和む。
ってんな場合じゃないか。
「囲まれてるなあ」
「ああ。かなりの数だ」
ナツメと視線を交わす。
逃げるか、戦うか、それとも。
方針と方策を練っていると、ガサリと草をかき分けて、数人の男を引き連れた少女が姿を見せた。
「なっ!?」
なん……だと……!?
「ど、どうしたんじゃ?」
「竜輔殿?」
「リュースケさん?」
驚きに固まる俺に、他の3人が視線を向ける。
「あ、あれはまさか……!」
10歳くらいと思しき、薄褐色の肌の少女。
強気なつり目に、強い意志の光が宿っている。
が、問題はそこではない。もう少し上だ。
彼女の頭部。ラティと同じ位置にあるその獣耳は。
イヌミミ?
いや違う。アレはそれとは似て非なるもの。
そう、その名は。
「キツネミミ……! 白い肌が定番なところを、あえて褐色の肌で攻めてくるとは。悪くない。決して、悪くはないぞ!」
「……竜輔殿は何を言っているんだ?」
「よくわからんが、多分また下らないことじゃと思う」
「なんか緊張感がなくなりますね……」
「おい!」
ビシッ!
つり目の少女が、こちらに人差し指を突き付ける。
「オマエら、アイツの仲間だな! まだ村を荒そうってのか! そんなことは絶対に許さないぞ!」
怒髪天を衝くとばかりに、頭やフサフサな尻尾の黄色い毛を逆立てて、少女は俺たちに怒鳴り散らした。
勿論、アイツなる人物に心当たりはない。
まわりの男たちも、今にも跳びかかりそうな少女を抑えつつ、こちらを強く警戒している。
「い、いえ! 私たちはちょっと道に迷ってしまっただけで!」
必死に弁解するラティ。
少女は一瞬考え込む様子を見せたが、すぐにまた睨むような目つきになる。
「……ウソだ! 獣人が森で迷うわけない!」
グサッ!
言葉の刃がラティの胸に突き刺さった。
「ですよね……アハハ……私、獣人の癖に……」
虚ろな瞳で呟き始めたラティにはもう目もくれず、少女は自分の弓に矢をつがえた。
「構えっ」
ギリギリギリ。
弓の弦を引き絞る音が、そこらじゅうから聞こえてくる。
「聞く耳持ってくれそうにないな」
俺は、服の裾を掴むニナの手をそっと外した。
「……リュースケ?」
不安そうなニナの頭をぽんとたたいてから、俺は地を蹴った。
ダンッ。ガシ。
「うあっ!」
俺は少女を首に後ろから手を回す形で捕まえた。
暴れるが、力将すら超えた俺の腕力から逃げられるはずもない。
「はなせぇー!」
「動くなっ! この子の命が惜しければ武器を捨てろ。隠れてるヤツは出てこい」
「ルナ様!?」
「卑怯な!」
男たちは浮足立ち、一瞬ためらってから武器を捨てた。
隠れていた者たちも続々と顔を見せる。
おお。キツネミミがいっぱいだ。男はいらんけど。女も何人かはいる。
「リュースケさん……」
「卑怯な……」
仲間たちは呆れ果て、白い目で俺を見つめていた。
あれ?
味方の視線のほうが痛いぞ?
……ふむ。まだ1人出てきてないが、まあいい。
「さて。誤解を解いておくが、俺たちは本当に道に迷っただけだ。お前たちの村のことなど知らん」
「し、信用できるか!」
「どうしたら信用する?」
「どうしても信用しない!」
少女は頑なに言って、なんとか逃れようとジタバタもがく。
ふう……。
話にならん。
「だったら、仕方ないよな」
「……何がだ」
「お前たちはどうあっても俺たちを殺す気なんだろ。だったら、お前たちも殺されても、文句は言うまいな?」
最近似たような事があったな、と思いつつ、加減した殺気を少女と周りのキツネ獣人たちに叩き付ける。
「……っ」
かなり抑えたつもりだったが、少女の顔はみるみる蒼ざめていった。
獣人たちは慌てふためき、武器を拾うか否か逡巡している。
「待たれよ」
低くしわがれた声が、1本の木の裏側から聞こえてきた。
そこからかなり歳をとったキツネ獣人が、しかししっかりとした足取りで歩み出てくる。
「じーちゃん! 出てくるなよ!」
少女がじーちゃんと呼んだ獣人は、落ち着いた様子で語りかけてきた。
「大丈夫じゃ、ルナ。儂はルナール族の族長、フェネックと申します。旅の方、どうか無礼をお許しください」
「オーケー。許そう」
俺は少女――ルナを解放し、老いたキツネと向き合った。
「じーちゃん!」
ルナはフェネックに駆け寄って、俺の方をキッと睨みつける。
「ルナール族……確か、私たちベラール族と同じ狩猟民族です。穏やかな気性の獣人だと聞いた事がありますが……」
ラティの言葉に俺たち首を傾げざるを得ない。
「穏やかな気性、ねえ……」
「何だよっ! 何であたしを見るんだよ!」
ルナが憤慨して頬を膨らませる。
可愛らしいが、穏やかな気性とはとても言えない。
まあ、子供だからかもしれないが。
「普段はこのような事はないのですが……。つい先日から、儂らの村が妙なモノに立て続けに襲われていましてな。儂も含めて、皆よそ者に対して疑心暗鬼になってしまっておるのです」
「ふーん」
まあ誤解が解けたんなら何でもいいけど。
妙なモノとやらに多少の興味はあるが、厄介事レーダーが反応している。
道だけ聞いてオサラバするのがいいだろう。
「ご老人。妙なモノとは一体? 拙者らでよければ、力になるが」
おいっ!
「このお節介ザムライ……」
「はっはっは。いいではないか。急ぐ旅でもない」
「私も、同じ狩猟民族として、放っておくなんてできません」
俺はニナを見る。
ニナはやれやれと肩を竦めるだけで、賛成も反対もしなかった。
はぁー。
まあラティがやる気なら仕方ないか。
ラティには、これから世話になる予定だしな……。
「おお。それはありがたい」
「じーちゃん!? こんな奴らに頼るなんて!」
「この方の力は、ルナが一番わかっておるじゃろう。あの動き、只者ではない。あるいは、オグロスよりも……」
「親父より強いヤツなんているもんか!」
「なにを言うのじゃ! リュースケより強いヤツなどおらんわ!」
「なんだとぉ!」
「なんじゃ!」
「そこで張りあうのかよ」
噛みつきそうな勢いで睨み合うニナとルナ。
「落ち着けニナ。世の中上には上がいるんだ。俺より強いヤツもどっかにはいるって」
多分。
俺はニナの頭に手を置いて宥める。
「お前の親父は、俺より強いかもな」
「当然だ!」
ルナは不機嫌な顔を装っていたが、どこか誇らしげな表情をしていた。
ニナは納得できないのか、本当に不機嫌そうな顔だったが。
「ともかく、もうすぐ日も暮れる。儂らの村で休まれるといい」
フェネックのお言葉に甘えることにして、俺たちはすぐ近くにあるというルナール族の村へと向かうことにした。
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