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ネット小説とか書いてます。竜†婿は「小説家になろう」でも公開中です。
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第59話 策動する織田家といつもの朝廷

 
 船長室。
 いつもの面子にマリアとベルナさんを加えて、俺たちは重そうな木製テーブルを囲んでいた。
 テーブル上には、あまり精度の高くないジパング地図が広げられている。
 こうして見ると、細部は不明だがほとんど『日本』と同じ形状の島国だと分かる。
 
「我々が普段停泊しているのは、ここです」
 
 ベルナさんがいつもの細い杖で指し示したのは、九州の北西部。日本でいう長崎のあたりだ。
 
「ふむ。そこからなら長門もそう遠くはないな」
 
 ナツメの故郷である長門国は、本州最西部。九州から本土へ渡ってすぐの場所にあたる。
 それなりの距離はあるものの、ジパング全体からすれば近いと言える。
 
「ですが、残念ながらいつもの港へ入港することはできません」
 
「なぜじゃ?」
 
「戦争よ」
 
 ベルナさんに説明を任せていたマリアが、ニナの質問に簡潔な答えを示した。
 
「せ、戦争ですか……?」
 
 不穏な響きに、ラティが不安げな声をあげる。
 
「ええ。現地協力者の話によれば、現在キュウシュウ地域では侵略戦争が勃発しているようですね」
 
 先ほど甲板でマリアが持っていた桃色の宝石は、遠く離れた相手と会話ができる魔法具だそうだ。
 対になる宝石を、ジパングの現地協力者に預けているのだとか。
 
 しかし、何故かミッドガルド‐ジパング間の通話は不可能で、ある程度ジパングに接近しなければ声は届かないのだという。
 
「なんと。一体どの国が、どの国に対して……?」
 
 場合によっては故郷である長門国にまで波及するかもしれないのだから、ナツメが気にするのも当然だろう。
 
「えーっと。確かサツマ……だったかしら。キュウシュウ南西の強国が、立て続けに隣国を侵略、吸収しているって話よ」
 
「その煽りを受けて、ナガサキ港もかなり厳しい入港制限を行っているようです。無論の事、このやたらと怪しい大陸船などもってのほかでしょう」
 
「……帆、黒いしな」
 
「薔薇とか、描いてありますもんね」
 
「そもそも、海賊船じゃからな。無理じゃろ」
 
 この船のデザインを決めた船長に、ジト目の視線が突き刺さる。
 
「いやん。そんなに情熱的に見つめられたらぁ(くねくね)」
 
「ですので急遽、他の港に入港許可を取りました(無視)」
 
 完全にスルーされたマリアは、より一層頬を紅潮させて、嬉しげに腰をくねらせている。
 
 なんでだよ。
 
「それがここです」
 
 そうしてベルナさんが杖の先を置いた場所は――
 

 
 ジパング中部。
 東海道の南の海に面した土地、日本でいうところの愛知県西部に、織田家が大名として治める尾張国はあった。
 
 ザシュッ!
 
「ぎゃああああ!」
 
 その北西部。とある中規模の天守閣で、野太い悲鳴と共に血飛沫が舞った。
 
 上層に位置する畳敷きの広間にて。
 槍や刀を抜き構える多数の武士たちが、黒装束の人物を取り囲んでいた。
 黒装束は一対の鋭い(まなこ)のみを露出させ、他の全てを覆い隠している。
 
 その姿恰好は、誰がどう見ても(しのび)の者であった。
 
 足元には今しがた首筋を切り裂かれた男が倒れ伏しており、赤黒い血液を畳に吸わせている。
 
「……忍法、頚脈(けいみゃく)切断の術」
 
 男とすればやや高め。女とすればやや低め。
 どちらともとれる曖昧な声色で、忍者は言った。
 
「忍法って……刀で首切っただけだろうがぶげっ!?」
 
 忍者につっこみを入れながら、刀を振り上げた別の男の喉元に、高速で飛来した血塗れの刀が突き立った。
 驚愕に目を見開きながら、男が倒れる。
 
 刀を放った手を伸ばしたまま、黒装束の人物は言う。言い張る。
 
「忍法……刀…………刀……投げ」
 
「貴様適当だな!? 絶対適当だろう!?」
 
 別の男が、忍者の言葉に憤りながら、槍を突きだした。
 鋭い刺突はしかし、空を切る。
 
「!?」
 
 黒装束が、男の視界から消えていた。
 
「下だっ!」
 
 やや離れた場所にいる仲間が警告した時には――遅すぎた。
 
 男の視界の隙を突くように、極端に低くしゃがみ込んだ黒装束は、足元に横たわる死体の手から刀を奪う。
 槍を掻い潜って男に迫り、流れるように脇腹から胴部へ、肋骨の隙間を縫うように刀を根本まで刺し込んでいた。
 
「……がぼっ」
 
 泡立つ吐血に(むせ)ながら、槍の男がゆっくりと体を傾ける。
 すぐさまその男の背中側に回り込み盾とした忍者に、背後から斬りかかろうとしていた別の男がたたらを踏む。
 
 死してなお、仲間の体である。容易には斬りつけることはできない。
 
 その逡巡が、男の最後の思考であった。
 
 額に突き立った苦無(くない)の感触にも気づかぬままに、男は仲間の後を追った。
 
「つ、強すぎる」
 
「おのれ……」
 
 彼らが慄き、及び腰になるのも無理はない。
 何しろこの黒装束の忍、正面から堂々と乗り込んで来たかと思えば、正門の守兵を手始めとして、ここまでおおよそ40人以上は斬っている。
 
 その手際に淀みはなく、ほぼ全ての者を一撃の元に葬っていた。
 
「貴様、一体何者だ!」
 
 己を囲む武士からの誰何(すいか)に、忍は事もなげにその名を明かした。
 忍の主――『第六天魔王』織田信亜に敵対する者にとっては、恐怖と絶望の代名詞である、その名前を。
 
服部(はっとり)半蔵(はんぞう)
 
 その後半刻を待たずして、天守閣の奥で城主の男が死んだ。
 遺体に首から上はない。
 半蔵は、冷めた瞳で踵を返す。
 
「暗殺……完了」
 
 その手には、城主であった男の首をぶら下げていた。
 

 
 尾張の北には、美濃という土地がある。
 ここは長らく斎藤家が大名として治めてきた国であったが、先だって戦に敗れ、現在は織田家に吸収されていた。
 
 そして居城を美濃に移した織田家の女当主、織田信亜は、そこ、岐阜城の本丸上層にあたる板敷の間で、2人の歳の近い腹心と密談を交わしていた。
 
 信亜はやたらと目立つ朱染めの素襖(すおう)(着物の一種で、本来は男性用の礼服)に身を包み、一段高くなった上座で胡坐をかいている。
 
 年の頃は20代前半か。
 一応織田家の姫でもあり、相応の美しさと気品は見た目にも感じられる。
 ただし彼女が浮かべる不敵な笑みと、研ぎ澄まされた刃のごとき鋭い眼光が、それらの魅力を反転させて、背筋が凍るような威圧感を抱かせた。
 姫君にしては髪をあまり伸ばさず、肩口で切り揃えていることもあり、どこか男性的な印象も受ける。
 
「して」
 
 信亜は右手の扇子を軽く開き、パチンと閉じる。
 
「首尾はどうか」
 
 信亜の問いに、猿顔で背の低い男――木下(きのした)藤吉(とうきち)が短く答えた。
 
「大過なく」
 
「……そうか?」
 
 織田家の良心――明智(あけち)光彦(みつひこ)は、平凡な顔を(しか)め、眉間に皺を寄せながら、藤吉の返答に疑問を呈した。
 光彦が発言を重ねる前に、(ふすま)の向こう側から声が届く。
 
「――半蔵、戻りました」
 
「おお、ハンゾー。ご苦労だったな。入って座れ」
 
 信亜が相好を崩して、半蔵を迎え入れる。
 促され入室した黒装束が、部屋の下座にちょこんと座った。
 
「……ちょっと待ておかしいよな。忍者がここに座るのおかしいよな」
 
 絵的に。
 光彦の指摘に「え?」と首を傾げて、顔を見合わせる他3人。
 
「何で『え? どこが?』って顔するんだよ。やめろ訝しげにこっちを見るな。わかったもういいから話を進めろ畜生」
 
「そうか。ではハンゾー。聞くまでもなかろうが、裏切り者の首、確かにとったな?」
 
 主の問いかけに、半蔵が「うん」と頷いた。
 藤吉も感心したように首を縦に2度振る。
 
「さすがは服部殿。暗殺の名手」
 
「うむ。暗殺をさせたらハンゾーに並び立つ者はおらんな」
 
「……暗殺は得意」
 
 ちょっと照れた様子で「ぐっ」と握りこぶしを作ってみせる半蔵。
 
「こやつめ」
 
 はっはっは。と笑う光彦以外の3人。
 
「いやちょっと待て!」
 
 つっこみ気質の光彦は勿論声を上げた。
 
「何だ光彦」
 
「おかしいだろ! 半蔵のは暗殺じゃねぇよ! 虐殺だよ!」
 
「ガーン!」
 
 光彦の指摘に、半蔵が衝撃を受けていた。
 
「おっ。光彦、うまいこと言うな」
 
 ぺしーん、と愉快げに扇子で膝を打つ信亜。
 
「まこと、明智殿は冗句の名手」
 
 はっはっは!
 
「冗句じゃねぇよ!?」
 
 いきり立つ光彦を「まま、抑えて抑えて」と藤吉が宥める。
 半蔵は「なんだ冗句か」とホッとしていた。
 それを横目に、信亜が言う。
 
「ふむ。しかしオレに逆らうヤツが国内ですら未だいるとは。ままならんな」
 
 うんうん、と頷く半蔵。
 
「……まあここのところ、戦続きだからな。うちだけじゃなくて、ジパング全土がキナ臭い空気に包まれてやがる。これからも雰囲気に押されて粋がる輩は出るだろうよ」
 
 光彦がため息を零しながら、不機嫌そうに意見を述べた。
 
「どうしたもんかなあ。誰も逆らえないようにできないかなあ」
 
 信亜が腕を組みながら、藤吉のほうをチラッチラッ、と見る。
 彼女が藤吉に奇策を期待するときの仕草だった。
 
 藤吉は視線を受けて、しばし顎に手を当て考え込む。
 そして何か閃いたのか、ハッと目を見開くと、
 
「天下統一、しちゃえばいいんじゃないかな」
 
 と言った。
 
「それだ!」
 
 ぺしーん! 扇子で膝を打つ。
 
「それか?」
 
 ジト目の光彦。
 
「オレがジパングで一番偉くなれば、逆らうヤツはもういないだろう。うん」
 
 よーし天下統一だ。天下に武を()くのだ。天下布武だと満面の笑みで勢いづく信亜。
 
「……でも一番偉いのは帝」
 
 半蔵がぼそりと呟いた一言に、信亜が固まった。
 光彦が半蔵をぎろりと睨んだ。余計なことを言うなと。
 半蔵はしゅんと落ち込んだ。
 
「確かに……天下を統一しようとも、最も位が高いのは帝だな」
 
 信亜は扇子をバサリと開き、口元を隠しながら思案げに同意する。
 
「いやほらあれ帝なんてほら、お飾りじゃん? 帝を影で操る真の支配者っていうの? そういうのが今あれあのなんだ、そう、流行の最先端。そうそれだ。うわすっげー、影の支配者。めちゃめちゃかっこよくない?」
 
 光彦、必死である。
 ジパングにおいて、帝とは支配者であり、見方によっては神にも等しい。
 帝を害することは、ある意味、ジパング全てを敵に回すということでもある。
 
 帝自身は(まつりごと)に興味が薄い。関白など帝に次ぐ位を得て、実質的にジパングを支配するということならば、歴史的に見てもまだ可能性があった。
 
「えー、うーん、でもー」
 
 唇を尖らせて、納得しない信亜。
 そんな女当主の肩を、いつの間にか移動していた半蔵がぽんぽんと叩いた。
 
「ん? どうしたハンゾー」
 
「……暗殺は、得意……!」
 
 グッ、とキメ顔で親指を立てる半蔵。
 
「それだ!(ぺしーん!)」
 
「らめぇぇぇえ!?」
 
「帝になりかわるには……」
 
「猿ぅぅぅ!?」
 
「暗殺する?」
 
「黙れぇぇぇ!」
 
「……ぐすん」
 
「いざ上洛!」
 
 ※上洛:京都へ行くこと。転じて、京都を攻めること。
 
「するなああ!!」
 
 光彦は思った。
 
 駄目だこいつら、早くなんとかしないと。
 
 織田家の首脳陣は、ちょっとアホだった。
 しかも、金と地位と行動力のあるアホだった。
 

 
「ひーまー(ごろごろ)」
 
 京都、大極殿。
 帝は(すだれ)の向こう側で、今日も今日とて、小さな体を転がしていた。
 
 少しでも時間があれば顔を出してくれる、仲良しの征夷大将軍――足利義月(よしつき)が公務で不在のため、彼女は暇を持て余していた。
 
「ひーまー(ごろごろ)」
 
「帝。お仕事ならいくらでもありますが」
 
「……」
 
「帝」
 
「んー?」
 
「お仕事――」
 
「……(ぷい)」
 
「仕事をしろぉぉぉ!」
 
「あー! あー! きこえなーい!」
 
 義月の代わりではないが、参上していた足利姉弟の、弟の方――左大臣、足利義海(よしうみ)の仕事を促す言葉は、ことごとく無視された。
 
「……はあ。忙しいのだから、少しくらい手伝って下さっても良いと思うのですが……」
 
「いそがしいんだ?」
 
「そりゃあもう。あっちで(いくさ)、こっちで戦。そっちは調停、向こうは同盟。官位をよこせと来るわくるわの使者の嵐。あげくに大陸船の寄港などと。厄介な時期にまったく……」
 
 不満たらたらの義海であったが、その忙しい中、帝をずっと独りにはできないと、わざわざ顔見せに参上している。
 なんだかんだで帝には甘いのであった。
 
「ふーん…………え、大陸船?」
 
「あっ」
 
 とたん、やってしまったとばかりに顔を背ける義海。
 ぴょこりと俊敏に体を起こした帝が、きらきらと眩しい瞳で、簾越しに義海を見つめる。
 
「大陸船?」
 
「……」
 
「きたの?」
 
「……」
 
「どこに?」
 
「だめですよ?」
 
「……なにが?」
 
「見に行きたいとか、言い出すつもりでしょう」
 
「そ――」
 
「……」
 
「そんなことないよ。そんな、帝がそんな。いうわけないでしょ?」
 
「……」
 
「だってほら帝だよ? 大極殿をはなれたらだめなんだよ。げんそくてきに」
 
「……」
 
「だから船のばしょをきいても、大丈夫。いかないしね?」
 
「……」
 
「……」
 
「……」
 
「……」
 
「……本当に?」
 
「ものすごくほんと!」
 
 にこやかに簾を押しのけて出てくる帝。
 
「うわっいい笑顔! 絶対嘘だこれ!」
 
 義海は決して口を割らなかったという。
 

 
 そして僅かに、時が流れる。
 ジパングで紡がれるなにもかもを知るよしもなく。
 竜輔たち大陸勢を乗せた海賊船マリア号は、一治一乱、治乱興亡、群雄割拠の紛争地帯、陰謀蠢く東の島国、ジパングの大地へと辿り着いたのであった。
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