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第40話 神というもの、友というもの
「……神」
未だ俺の理解が及んでいない存在を匂わされ、俺は反芻するように呟いた。
神。
一言に『神』と言っても、その定義は様々であり、曖昧である。
以前話題に上った「付喪神」は、年を経た道具や生き物には霊魂が宿る、といった概念だ。
天候、災害といった自然現象を神に見立てることもある。
この世界を生み出した創造主的存在、と信じる者もいるだろう。
が、これらは前の世界での定義の話だ。
こちらで言う『神』は、そういった抽象的な存在ではないらしい。
というか、あくまでこちらの言葉――ミドリガルの単語を、俺の中で解釈、翻訳した結果が『神』であるというだけで、厳密には神ではない。
崇拝の対象であり、人々の精神的支配者である、という意味で、俺は『神』と翻訳しているわけだが。
前置きが長くなった。
要するにこちらの世界には、実在としての『神』が存在するという事だ。
ま、神という名のひとつの種族と思っていいだろう。
この解釈を、キルシマイアをはじめ神官たちが聞いたら怒るだろうけどな。
天空大陸アスガルド。
それがこの世界において神の住む場所の名前である。
天に浮かぶ空中大陸であり、常に移動し続けているため、正確な位置を掴んでいる者はいない。
数千年に1度、ミッドガルド大陸上空を通過することもあるという。
「し、しかし! その神がこの山に来たのは数百年前、と言ったな。ミッドガルド大陸では、もう1000年以上も神と人との接触はないと聞くが……?」
「知らんよ。現にアレはここにいるし、我々は貢物……いや、言葉を濁すのはよそうか。我々は生贄を捧げてきたんだ」
ナツメの疑問に、ナラシンハが答えにならない応えを返す。
「生贄などと……! ……くっ」
淡々と述べるナラシンハに、食ってかかりそうなる自分を抑えるナツメ。
所詮俺たちは部外者に過ぎない。
これまでのナラシンハの……ベラールの選択について文句を言うのは筋違いだ。
ナツメもその事は分かっているのだろう。
「それなりに聡いようで助かるよ。ベラールの問題に手出し口出しは無用だ。さ、話す事は話した。納得したら早々に立ち去って――」
「そうはいかないな」
「リュースケ?」
ナラシンハの言葉を遮って発言した俺に、ニナが複雑な感情を浮かべた視線を送る。
どうにかしたいが、相手が神では……といったところか。
「これまでのあんたらの選択についてはまあ、どうでもいい。が、これからの事となれば話は別だ」
神について口にしてから黙り込んでいるラティに、視線を向けた。
「次の生贄はラティ。そうだな?」
「「なっ!」」
ニナとナツメが弾かれたようにラティを見る。
ラティは悲しげに目を伏せて、顔を逸らした。
「……何故分かった?」
「村人の反応とかでな。あとは話の流れ的に」
ナラシンハの問いに軽い調子で答える。
「ほ、本当なのか? ラティ?」
数年来の友人からの問いに、ラティは首を縦に振った。
「……本当です。前回、生贄を捧げた時から、それはすでに決まっていました」
それ故に、その時までは自由に旅をすることが許されていたのだ、と語るラティ。
だから覚悟はできている、と。
まさか、これ程はやく次の生贄を求められるとは、さすがに思っていなかったらしいが。
「ですから、私の事は忘れて――」
「……暗い」
「え?」
俺の呟きに、ラティが疑問符を返した。
「暗い暗い暗い! 雰囲気が暗いっての! あー気が滅入る。こういうの、俺たちのキャラじゃないだろ」
突然明るい声を出した俺を、その場の全員が唖然として見つめる。
「ナツメ」
「あ、ああ」
「どうしたよ。いつもお前なら真っ先に飛び出して、敵に斬りかかってるところだろうが」
「い、いや、だが……」
「ニナ」
「むっ。わらわもか!?」
「いつものお前なら、俺に神を倒せとか言うところだろうが」
「じゃ、じゃがいくらリュースケでも……」
口ごもる2人。
「りゅ、リュースケさんは神がどういうものか知らないから、そういう事が言えるんです!」
ラティが焦ったように声を出す。
「知らねぇよ。確かにな。でもな、それなら聞くが、お前らは神の何を知っている」
神について、白竜城の図書室の本にいくつかの記載はあった。
曰く、恵みを与える者。
曰く、人を守り導く者。
曰く、崇め奉られる者。
「そ、それは……神は、神だ。絶対的存在だ」
どもりながらも答えを述べたのは、ナラシンハ。
「絶対的存在? ハハッ。そんな抽象的な説明で分かるかよ」
「……神は、数千年に1度訪れるという世界の危機から、人々を救う者じゃ。かの竜人の英雄、ジークフリートも、神の加護を得ていたと言われておる」
「言われている。それは結構。で? 誰がそれを確認した?」
ニナのお伽噺をばっさりと切り捨てる。
「実際、我々の先祖はテオトル山の堕ちた神に挑んだ! そして勝てないと判断した上で、生贄を捧げる道を選んだのだ!」
「そうか。先祖は勝てなかったのかもしれないな。だから、神は絶対で、不死身で、敗北を知らず、怪我もしないし血も流さない。求められればどんな事でも人は従わなければならないし、逆らうことは無意味だと?」
「そ、そうです」
俺の捲し立てるような発言に、ラティが消極的な肯定を返す。
一拍の間を置いて、俺はきっぱりと言い放つ。
「そんな事は、あり得ない」
ラティ、ナラシンハ、ニナ、ナツメの反応は似たようなもの。
言葉が出ない、といった様子で口をぱくぱくさせている。
今まで瞳を閉じて、じっと黙って聞いていたアミーシャさんだけが、感情を殺した声で俺に問う。
「何故、そう思うのですか?」
声に抑揚は感じられない。
しかし開かれたその瞳には、僅かな希望に縋る、期待の光が見え隠れしていた。
「俺の国の言葉に、形あるものはいつか壊れる、というものがある。俺はこれを絶対の真理だと思ってる。完全無敵、なんてことはあり得ないんだよ」
概念的な、抽象的な、空想の中での神に絶対性を求めるのは人の常だ。
だが今回の『神』は、ここに『居る』のだ。
存在してしまった以上、何者であれいつか来る崩壊を免れることはできない。
「っ! だとしても、神が人より上位の存在である事に変わりはありません!」
バン!
立ち上がって机を叩きながら、動揺を吹き飛ばすようにラティが叫ぶ。
何かキャラ違うぞ、ラティ。
「かもな。……だがラティ、どうしてそこまで食い下がる? まるで――神が絶対でなければ困るみたいじゃないか」
「そ、それは……だって……」
ここにきて、さらにラティが揺らぐ。
「もし……本当に、神を倒せるのだとしたら……」
下唇を噛み締めて。
ラティは想いのたけをぶちまけた。
「15年前、私の代わりに死んだお姉ちゃんは、無駄死にだったってことじゃないですか!! お姉ちゃんだけじゃない! これまで生贄になってきた、全てのベラールの女性たちが! そんな事、認められるわけがありません!」
「ラティ、お前憶えて……」
ナラシンハとアミーシャさんが、目を見開いてラティを見た。
「だから! 私は生贄にならなくてはいけません! だって、そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……!」
ラティの迫力に、ニナやナツメは押し黙っている。
それだけの覚悟を感じる。
だが、そうだとしても。
ぽん。
俺は机から身を乗り出しているラティの頭に、軽く手のひらをのせた。
「無駄なんかじゃない」
言い聞かせるように繰り返す。
「無駄なんかじゃないさ。こうして今、お前が生きていることが、ベラールが存在していることが、彼女たちが生きて、死んだ、何よりの証じゃないか」
無駄なんかじゃない。
我ながらくさいセリフだ。
ぽろり。
だがそのくさいセリフが、ラティの心の堤防を取り払った。
「私は、死ななくてもいいんですか?」
「ああ」
「私は、助けを求めてもいいんですか?」
「いいとも」
「私は、私はっ……!」
ぽろり、ぽろり。
大粒の涙が、ラティの瞳から次々に零れおちる。
「私は……生きたい。お姉ちゃんの分も、他の御先祖様の分も……。何よりも、私自身のために、私は生きたいです……!」
ぽろぽろぽろ。
ラティはこれまで溜めこんできたものを、涙と共に溢れさせる。
「みんな……助けて……!」
「「「勿論だ」」」
ニナもナツメも、もう迷いはないようだ。
「元より柊の剣は、遍く全てを斬るための剣。友のためなら、神ですら斬り捨ててみせよう」
「わらわとて白竜城の第3王女。友を見捨てたとあっては白竜人の名折れ。それに……」
ニナが俺を見る。
ニナの瞳には、俺に対する無垢で絶対の信頼が蘇っていた。
例え神でも、やれるじゃろう?
そう、聞かれているような気がした。
正直、大言を吐いたものの、本当に神を倒せるのはわからない。
常々言っているように、世の中上には上がいる。
『神』と呼ばれる者達こそが、俺の上に立つものであるのかもしれない。
だが逆に、神の上に立つ者がいないなどと、一体誰が決めたというのか?
ニヤリ。
ラティの本心を聞いて涙するアミーシャさん。
目頭を押さえるナラシンハ。
覚悟を決めた仲間たち。
そして救いを求めるラティに俺は、不敵な笑みを浮かべて見せた。
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