ブログではなく、小説を連載しています。
最新CM
ブログ内検索
最新TB
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
第42話 ノーリミット
ナツメは片翼の男と、意識を失って動かない自称ブラキアーノ国最強との間に立つ。
抜き放った刀の刃は、やはり相手に向けられることはなかった。
おいおい。こんな時でも峰打ちか。
まあ、何か事情があるらしいが……。
俺もやむなく、のっそりと木陰から姿を現した。
ニナも慌てて後に続く。
「ヒャハ。まだ猿がいたかよ…………ほう?」
じろじろ。
片翼の男が、舐めまわすようにナツメを見る。
そしてべろり、と舌なめずり。
「う……」
さすがに生理的嫌悪感に負けたか、ナツメが男からやや引いた。
男はそんなナツメから、続いて俺たちへと視線を移す。
ニナはびびってすぐさま俺の背後に隠れた。
「猿じゃねぇな。白竜か。それと……?」
目が合った瞬間、えもいわれぬ不快感が俺を襲う。
何故かは分からないが、唐突にコイツをぶん殴りたくなった。
何だ、この感覚は。
対して、男の瞳は困惑に揺れる。
「猿……竜? いや、違うか? なんだコイツ……まあ、猿か?」
訝しげに俺を見る片翼の男。
異世界人だから、分類できないんかね。
「なんだか知らねぇが、テメェを見てるとイライラするな」
「同感だ。気が合っても、嬉しくもなんともないが」
男は不快そうに眉根を寄せた。
俺も、同様。
理屈じゃない。
人を喰うからとか、雰囲気が気持ち悪いとか。
そういった事実とは関係なく、俺はこいつを嫌悪していた。
「……フン」
鼻を鳴らして、男は視線をナツメに戻す。
ナツメを視界に捉えると、男は再び嫌な嗤い声を上げる。
「ヒャハ。まあいい。この女を置いて、さっさと消えろ」
「何?」
「竜を喰う趣味はねぇし、この女は特上だ。15年前の食事よりもなぁ。気分がいいから、今なら見逃してやるぜ? ヒャハハハ!!」
愉快そうな男とは対照的に、俺の精神的な不快指数は上昇を続ける。
15年前の食事、のあたりで、ナツメも眉をつりあげた。
「ナツメは将来的に俺のもんになるんだよ。誰が渡すかボケ」
「いやそれは拙者も初耳だぞ!?」
「わらわは薄々とそうじゃないかとは……」
「ニナ殿!?」
「ヒャハ!」
男の嗤いで、いつもの馬鹿なやりとりが止まる。
「ヒャハハハハハハ!!」
狂ったように腹を抱えて嗤う男。
ピタリ。
かと思えば、唐突に嗤いを収めて、男は俺を睨みつけた。
「……テメェ」
――ビリビリ。
大気を震わす、神の怒り。
ニナが顔を真っ青にして俺の脚に縋りつく。
ガルデニシアとはまた違う威圧感に、俺は背筋に冷たいものを感じながらも、無理矢理口の端を吊り上げて耐える。
「くっ……!」
ナツメは一歩下がりそうになった足を、努めて力強く前へ踏み出していた。
「死にてぇのか?」
男が俺の眼前まで歩み寄る。
ジェスチャーで、血の気の引いたニナをナツメの方へ避難させた。
鉄色の眼光と、俺は真っ向から睨み合う。
確かに、こいつは危険だ。
単なるチャラ男にしか見えないのに。
生物としての本能が、今すぐ逃げ出せと俺に囁きかける。
――だが同時に。
俺の中の別の何かが、逆の事柄を訴えかけてもいた。
こいつを、殺せと。
相反する感情に眉をしかめながら、緊張に強張った拳を2、3回開閉する。
「……何とか戦れるか……」
「あ?」
「死ぬのはお前だ下種野郎、って言ったんだよ」
俺の罵倒に、片翼の男は表情を消した。
「吠えたな、下等な猿が」
心なしか、周囲の気温が下がった気がする。
カタカタ。
「……!」
ナツメは震え出した自分の右腕を、左腕で掴むように抑え込む。
ニナはいつの間にやらまた木陰に隠れていた。
俺も、心臓が縮みあがるような感覚を覚える。
――大丈夫。身体は動く。
恐怖を抑えつければ、何故か今度は昂揚を感じる。
自然、歯を剥きだして笑っていた。
「……ヒャハ」
男が俺に応えるように嗤うと、威圧感が嘘のように消えた。
「おもしれぇ。さっきの雑魚よりはやりそうじゃねぇか」
ヒャハハ、と嗤いながら、男は指を一本立てる。
「特別だ。テメェにも、1撃だけは許してやるよ」
「気前がいいんだな」
「ヒャハハ!! 格の違いが解るだろうぜぇ!」
……態度はどう控え目に見ても小物なんだけどなあ。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
俺は右腕を弓のように引き絞る。
1歩前に踏み出しながら膝を僅かにねじり、そこから腰、そして肩から肘へと回転の力を相乗していく。
溜めこんだ力の解放。
矢のように、俺の右腕が放たれた。
「噴っ!」
ブスッ!
…………。
「目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
片翼の男は両手で目を覆い、雪の上を転げ回った。
ちっ。眼球まで堅ぇな。
ちょっと突き指しそうになった。
潰すつもりだったが、さすがにそう簡単にはいかない。
だが神へ痛撃を与えた俺に、仲間からの称賛と喝采が――。
「……リュースケはさすがじゃな……」
「ああ。こんな時でも自分のペースを崩さないな。やることがえげつない……」
称賛の声が聞こえてきた!
ま、それはともかく。
死ねやオラァ!
「! つあっ!」
ドズン!
俺は全力で片翼の男を踏みつけたが、すんでのところで男は身体を捻って躱した。
男はそのまま転がって距離をとり、立ち上がる。
バサリ、と片翼を羽ばたかせ、付着した雪をふるい落とした。
「ぐっ……、テメェ。許したのは1撃だけだぜ」
なんとか体裁を整えて、吐き捨てる男だが……。
「プッ。目が真っ赤だぞお前。」
「……コロス」
表情が消えた。
男の姿が霞む。
2割の反射と8割の勘で、左側頭部を庇うように腕を立てる。
片翼の男の右脚が、俺の左腕に激突する瞬間を、辛うじて目視に成功した。
「がっ!」
その腕から全身に、激震。
大地とほぼ平行に吹き飛ばされた。
地面に叩き付けられる寸前、何とか受身で衝撃を分散する。
ザッ、ガッ、ズザーッ!
それでも勢いを殺しきれず、2、3回白い地面を弾む破目になった。
雪の上で数秒、俺は転がったまま動かない。
シーン。
「……はっ! 竜輔殿!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
ヤツの速さに、反応が遅れた2人が俺を呼ぶ。
倒れて動かない俺を心配しているのだろう。
「………………………………いっっってぇええ!! 超痛ぇ!」
ガバリ、と上半身を跳ね起こす。
びくり、と3人――何故か神も含む――が身を震わせた。
幸い骨に異常は無いようたが、激しく痛む。
なんつーでたらめな速さと重さ。
ガルムに吹き飛ばされた時より痛かった。
「……何で生きてる。テメェ、ホントに人間か?」
神にまでそれを言われるとはな。
怒っているような、呆れているような複雑な表情で聞いてくる相手に、俺は苦笑を返すしかない。
俺が本当に人間なのかどうか、最近俺自身も疑問に思っていたところだ。
――とはいえ。
「くく……」
笑みが洩れた。
こいつは、強い。
「く……ははははは!!」
未だ痺れる左腕を撫でながら、俺は堪え切れずに大笑いを始めた。
「ああ?」
「りゅ、リュースケ?」
「竜輔殿?」
突然声を上げて、涙ぐむほどに笑い出した俺に、「こいつ大丈夫か? 頭でも打ったのか?」とでも言いたげな瞳が向けられる。
「っくはは、げほっげほっ。……ひー苦し……! ぜぇはぁ。やー参った。強いわ。マジで強い」
――俺は、嬉しかった。
「おい、ニナ、ナツメ。見たかよあの蹴り。え? よく見えなかった? 蹴りだったんだよ。右回し蹴り。ガルムより、ガルデニシアより、そして何より、俺のそれより速くて重い」
そう、こいつは強い。
人類の規格外、法龍院においてなお異常。さらには異世界でもここまで敵なしだったこの俺よりもだ。
「強いよ、お前。純粋に、魔力とか関係なく、肉体的な意味で、俺より強い」
「……んなこたぁ最初から分かってんだよ」
褒められても、片翼の男はまったく嬉しそうじゃない。むしろ嫌そうに顔を歪める。
まあ、ヤツの反応とかはどうでもいい。
大切なのは、アイツが俺より肉体的に強いという事実。
恐らくあいつは、『神』の中でも下っ端だろう。うむ。キャラ的に考えて間違いない。
そんなヤツでも、俺を超える力を持っているのだ。
天空大陸とやらには、さらに凄いヤツがごろごろいるのだろう。
「やっぱ、いるんだよ。世の中には」
意識せずとも、唇が笑いの弧を描く。
「俺より強いヤツがさ」
――ならば。
俺は雪を払って立ち上がった。
「く……ははははは!!」
瞬く間に神に吹き飛ばされたリュースケ。
跳ね起きる元気があったし、大丈夫じゃろうと安心したのじゃが……。
唐突に大笑いを始めた。
「りゅ、リュースケ?」
声を掛けても返事は無く、腹を抱えて笑い続ける。
いかん。頭でも打ってしまったのじゃろうか……。
エレメンツィアに助けを求めるか迷っているうちに、リュースケは笑いを収め、わらわ達に問い掛けた。
「おい、ニナ、ナツメ。見たかよあの蹴り」
いや、何やら黒い翼の男が霞むように消えたかと思ったら、リュースケの傍に突然現れたようにしか見えんかった。
「え? よく見えなかった? 蹴りだったんだよ。右回し蹴り。ガルムより、ガルデニシアより、そして何より、俺のそれより速くて重い」
……リュースケよりも?
リュースケより強いヤツなどおらぬ、と普段豪語しておるわらわじゃが、それは地上においての話。
ラティの父君に話を聞いて、いくらリュースケでも、神には……と思わなかったとは言えぬ。
それでも、リュースケなら、リュースケならやってくれると信じる心が、わらわの内から消えることはなかった。
じゃというのに。
「強いよ、お前。純粋に、魔力とか関係なく、肉体的な意味で、俺より強い」
リュースケはそう、神に言う。
それに対して反発したい気持ちがわいてくるものの、リュースケ自身がそう言っているのだから、わらわが否定するのも可笑しな話である。
しかしそれでも、わらわが失望も絶望もしなかったのは。
かつてない程、リュースケが嬉しそうに笑っていたからであろう。
この様子なら、任せておけばよかろう。
ち、違うぞ。びびってなどおらぬぞ。
万が一、リュースケがピンチになろうものならば、華麗に助けに入るつもりじゃ。
……エレメンツィアが。
片翼の男の蹴撃と、それを竜輔殿が腕で受けた瞬間を、見ることはできた。
しかしそれは、拙者が対峙する2人から比較的離れた位置に立っているからに過ぎず、竜輔殿と同等の視力を持っているからではない。
いざ自分が受けたときに、あの蹴りを防げる自信はなかった。
――今の拙者では。
いや、それは考えても詮無き事か。禁を破ることはできないのだから。
「……はっ! 竜輔殿!?」
しまった。本当に考えている場合ではないのだ。
しっかと腕で受けていた故、大丈夫だとは思う。
なのに竜輔殿は倒れたまま動かないので、少々心配になってきた。
ガバリ!
「………………………………いっっってぇええ!! 超痛ぇ!」
びくっ。
唐突に起き上がりながら叫ぶものだから、拙者は驚きに身体を震わせる。
かと思えば今度は大笑いを始めた。
頭を打った様子はなかったのだが……。
話を聞けば、どうやら、片翼の男が竜輔殿よりも強いらしいことを笑っているようだ。
うむ。竜輔殿もようやく、兵と太刀合う魅力に気がついたか。
自分と同等かそれ以上の相手と真剣に太刀合うことは、自らの成長を促すし、何より楽しいものだ。
と、そこまで考えて、1つの疑念が浮かび上がる。
はたして竜輔殿は、「自分よりも強い相手」に挑んだことがあるのだろうか?
拙者が見るに、竜輔殿の強さは天性の才能によるもの。
努力によって培われたそれではない。
無論、才能であろうと、努力の結果であろうと、力は力。
強い者が勝ち、弱い者が負ける。それが必定。
肉体的な強さだけでなく、精神的な強さも、勝敗に大きく絡んではくるが。
少し思考が逸れたが、要するに、竜輔殿は努力するまでもなく「最初から強かった」可能性がある。
そうなれば当然、「いつかアイツを超えてやる」とか、そういう熱血とは無縁の人生だったことであろう。
彼は今、生まれて初めて、才能だけでは越えられない相手に出会ったということだ。
そこで心が折れるでなく、むしろ嬉しそうであるところが、竜輔殿が竜輔殿たる所以か……。
湧き上がる昂揚感。
こんな機会は2度と無いかもしれない。
「ナツメ。とりあえず、俺がやる。手を出すなら……死ぬなよ?」
とはいえ、ここで1対1に拘るつもりはない。
しかし下手な横槍を入れれば、むしろ危険なのはこちらだ。
ま、ニナは何も言わんでも手を出さないだろう……。
ナツメの頷きを確認して、俺は男へ向き直る。
「……チッ。ウゼェ」
舌を打ちながら、片翼の男は俺から見てやや左に曲線を描きながらこちらへ駆ける。
攻撃を見てから反応するのでは、遅い。
以前ナツメが「後の先」について話していた。
確か相手の動きから、攻撃の「兆し」を読み取るとか何とか。
周囲の景観。
雪を踏み抜く音。
ナツメとニナの警告と応援。
集中した俺の意識から、ヤツ以外の余計な要素が排除されていく。
狭まった視界の中で、男が左の手刀を構えるのを見た。
って見ちゃ駄目じゃん!
兆しとかわかんねぇよ!
――俺に武術の心得などなかった。
「っとぉ!」
ヒュン!
それでも辛うじて、空を裂く手刀を頭を下げて躱す。
頭上を掠めたそれが、数本の髪を切り飛ばした。
俺は今、体勢が崩れている。
俺が相手なら、次に打ち込むのは……蹴りか?
両腕を交差して眼前に構える。
ドゴオ!
案の定。
腕を通して腹に響く猛烈な衝撃が、俺を後ろに吹き飛ばした。
っく! 効くぜこれは!
――特別に身体を鍛えたこともない。
「っとと」
空中でバランスを取り戻し、数歩よろけながらも足から降り立つ。
「しぶてぇ野郎だな!」
男の声が追ってくる。
受けてばかりじゃ、どうにもならないな。
とにかく、手を出してみることにする。
接近した男に、
「ふっ!」
軽く放った拳撃の連打をしかし、男は首を傾げてあっさりと避ける。
避ける。避ける。避ける。避ける。
――攻撃だって見様見真似だ。
「遅ぇ!」
バキャア!
逆に相手の拳が俺の頬に叩き込まれた。
またもや吹っ飛ばされて、背後の枯れ木へ、背中をしたたかに打ちつけた。
「がはっ!」
――ああ、やはり。
「……く、く」
――俺は今、全力で努力していい。
「ふはははは! 面白ぇな!」
口内で溢れ出した血液を吐き捨てながら、俺はヤツと向き合う。
ヤツの攻撃。
初めは勘に頼らなければ対応できなかった。
だが2回目の、手刀。
あれは、見えた。
後の先は無理だったが、回避は可能なレベルの認識だった。
今打ち込まれた拳撃だって、少々反応が遅れたが、見えなかったわけじゃない。
訝しげにこちらを見る神に、俺は感謝の念すら抱き始めた。
――俺にはまだ、成長する余地があり、成長する意味が、ある。
PR
この記事にコメントする