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第46話 永久氷晶
あの熱い戦いから1週間が経過して。
俺は今……ダラダラしていた。
「ほげー……」
ベラールの村の中央広場にあるベンチっぽいものに横たわり、少年少女たちと遊びまわるニナを、のんべんだらりと眺めていた。
「竜輔殿」
「ん?」
どこからか寄ってきたナツメが、眉根を寄せながら話しかけてくる。
「何だ?」
「何だ、ではない。竜輔殿は強者と戦う喜びに、努力を重ねる楽しさに気がついたのではなかったのか」
どうやら、あまりの怠けっぷりに文句を言いに来たらしい。
「明日からやるよ。明日から」
「こらっ! それはやらないヤツの常套句だろう!」
「だってめんどくさい」
「……はぁー……」
眉間を揉むナツメ。
人間、そう簡単に変わりはしないよね。
「んな事より、そっちはどうなんだ。刀、手に入りそうか?」
ナツメのコテツ(偽)は、あの戦いで折れてしまった。
貿易商でもあるナラシンハのつてで、代わりの刀を探してもらっているらしい。
と言っても、時折来る商人に心当たりがないか聞いているだけだろうが。
「いや。やはりミッドガルド大陸で、特にこのような西の端で刀を見つけるのは難しいようだ」
ナラシンハに預けているのか、今は刀を差していない自分の腰を見て、ナツメは寂しそうに呟いた。
一応、欠けた刀の破片は集めたようだが、打ち直そうにも大陸の鍛冶の主流は、鋳型に溶けた金属を流し込み固める、鋳造方式。
それに対して、熱した金属を槌で打ち、素材の密度と強度を高めつつ、目的の形に整えていくのが、鍛造方式だ。
刀と言えば典型的な鍛造による生産物であり、大陸の鍛冶とは相性が悪い。
「まージパングとはまともに貿易がないみたいだから難しいかもな」
「うむ。いっそ一度ジパングに戻った方が早いやも…………ふむ」
ナツメは唐突に考え込む。
「(そうか……それも悪くない……)」
「ん? 何だって?」
「いや。何でもない。……では、拙者は鍛錬に戻る。竜輔殿も、あまり怠けすぎないように」
「へーへー」
歩き出したナツメを、ひらひらと手を振って見送った。
再びニナたちへ目を向ける。
「やー!」
パコーン。
一人の少年が、置かれた木片を蹴り飛ばしていた。
「な……また、負けたじゃと!?」
「ねーちゃん、よえー」
「よわいねー」
「よわいよわいー」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
ニナたちは俺が教えた『缶ケリ』で遊んでいた。
蹴ってるのは缶じゃなくて、木片だけど。
鬼はニナ。単純なので、すぐ裏をかかれて木片を蹴られていた。
「リュースケー!」
涙目で俺に駆け寄るニナ。
「はいはい。俺がオニやるから泣かないの」
「おお、にーちゃんやるのか」
「りゅーにーちゃんやるの? やったー!」
「みんなゆだんするな! にーちゃんはてごわいぞ!」
子供たちもわらわらと集まってくる。
「フハハハ。小童ども。リュースケに勝とうとは100年早いわ!」
「だから何故ニナが威張る」
身体を起こし、立ち上がる。
「さて……」
俺は近くの民家の陰から覗いているヤツに、声を掛ける。
「おーい、ラティ。お前もやろうぜ」
「ふぇ!?」
「ラティ、おったのか?」
「あれ、ラティじゃん」
「はやくきなよー。ラティ」
「とろいぞラティ」
「ちょ、みんな、何で私は呼び捨てなんですかっ!?」
子供たちに呼び捨てられるラティ。
しかし……。
「うぅ……」
顔を赤くして、もじもじと悶えるばかりで出てこない。
「はいはい。俺に惚れちゃったのはわかったから、早く来いって」
「ほほほ、惚れてませんよ! なな何言ってるんですか!」
「あんなこと言ってるぞ」
俺は子供たちに話を振った。
「えー。ラティ、バレてねーとおもってんのかよ」
「どうみても、りゅーにーちゃんのこと、すきだよね」
「ひゅーひゅー。らぶらぶだー」
「らぶらぶー」
子供たちにからかわれて、ラティの顔がさらに濃い赤に変わる。
「うぅぅぅ! こ、こらー! 大人をからかうんじゃありませーん!」
「ラティがおこった!」
「にげろー!」
「わー!」
「待ちなさーい!」
缶ケリのはずが鬼ごっこに変わっている。
「リュースケ」
ニナがジト目を向けていた。
「ま、いいだろ? ラティならさ」
「……むう。仕方あるまい」
不満げにしながらも、ニナはやれやれと肩をすくめた。
「ちょ、そこ! 勝手に決めないでください!」
ラティが足を止めてこちらに向き直る。
「何を?」
「な、何って……それは……だから……」
にやにや。
「うぅぅ……。もう!」
「ははは」
ベラールは今日も平和である。
竜輔が力将ガルデニシアを下し、中立の町ラトーニュからチコメコ・アトル大森林へ移動して。
さらにはそこでロボを止めたり神と対峙している間に、他の勢力もそれなりの動きを見せていた。
魔導要塞ヴァルガノスに魔力が7割方回復し、一時荒れた国内も落ち着いてきた頃。
「また、世界征服をやめろ、か?」
力将を辞してから、時折訪ねてきてはそう告げる娘に、魔王ガルガディスは辟易する。
ここは魔王城、玉座の間。
父と娘以外には、玉座の傍らに知将ベリアルが無言で立っているだけで、他に人影はなかった。
見た目にはそれほど年の差を感じない親子だが、実際には2000歳以上離れている。
「そりゃお前……ダメだろう」
「そう」
「そうって……今日は随分あっさり納得するではないか」
「これは、できたらでいいって言われた。だから、もういい」
「言われた、ねえ」
ガルガディスは笑みを浮かべる。
逆にベリアルは、眉間に皺を作った。
「ガルデニシア」
「……?」
「お前、例の男に惚れたか?」
「……?」
「いや、だからな」
「……?」
「もういい……。お前にまともな反応を期待した俺様が馬鹿だった」
「父様、馬鹿なの?」
「やかましいわっ!」
「???」
「ええ。この方は、とても馬鹿です」
「そう」
「そう、じゃないっ! まったく……魔王を敬わんか、お前ら」
ここぞとばかりに便乗するベリアルに、ガルガディスは溜息をついた。
「ガルデニシア。お前は他にやることはないのか?」
「ある」
「ほう。何だ」
「これ」
バキャア!
やにわに娘のアッパーカットを喰らって、魔王は玉座から浮き上がった。
落下し、一度椅子に跳ねてから床に倒れ伏す。
…………。
しばらくの間、誰も何も言わない。
「何をするかぁぁぁ!!」
がばりと起き上がり、ガルガディスは当然の怒りを吐き出した。
「だから、やること。魔法と、体、鍛えてる」
「だからって何故殴る!?」
「……父様なら大丈夫だと思った」
「信頼が痛い!」
だが実際、元力将に本気で殴られても元気であった。
ベリアルに冷めた目で見られていることに気づき、ガルガディスは咳払いをして玉座に戻る。
「あー。もうよい。下がれ」
「わかった」
頷いて、ガルデニシアは玉座の間から退出した。
再び、沈黙。
「効きましたか?」
ガルガディスはベリアルに問われ、知らず顎を撫でていた手を止める。
「きかぬ」
「……フッ」
「鼻で笑いおったな、お前……」
ベリアルの怜悧な美貌で蔑まれると、結構心に響く。
ガルガディスはすでに慣れていたので平気だったが、別に嬉しくはなかった。
「まったく…………ぬう!」
ガルガディスの雰囲気が変わり、視線を西の方角へと向けた。
「……?」
ベリアルもまたそちらを見るが、別段いつもと変わったところはない。
「……やはり、ボケ――」
「それはもうよい」
律儀に突っ込みを入れつつ。ガルガディスは立ち上がる。
「地下書庫に篭る。しばらく誰も入れるな」
「……」
「いいな」
「イエス。魔王ガルガディス」
ベリアルは急なお達しに礼で返し、扉へ向かうガルガディスを見送った。
「……ふむ」
そしてさも当然のように、気配を殺してその後を追った。
魔王の去り際のあの嗤い。
いつだったか、ジークがどうとか言っていた時と同じ顔だった。
そして、姫様を倒した例の男について語るときと、同じ顔でもある。
地下書庫の本棚の陰から、ジジイの行動を観察する。
この書庫は限られた者にしか知らされていない、魔国にとって危険な情報も置かれた場所。
にも関わらず「誰も入れるな」などと、わざわざ命令するとなれば。
ジジイの足が止まり、壁際の本棚へ体を向けた。
一冊の本をジジイが押し込むと、
――カチリ。
何かが切り替わる小さな音が聞こえてくる。
――ゴゴゴ。
本棚が扉のごとく壁側に向かって開いていく。
やはり。何かあるとは思っていたが。
壁の中は暗く、この位置から内部は見通せない。
――ゴゴゴ。
ジジイが入ると、本棚は自動的に元に戻った。
「……」
慌てず、動かずに待つ。
きっちり30秒後、件の本棚の前に立った。
確か、この本だったな。
――カチリ。ゴゴゴ。
押し込めば、先ほどと同じように本棚が開く。
奥は、長い階段になっていた。
一本道であり、これを下ればジジイにばったり、という可能性が高いだろう。
「構うものか」
そのときは、そのときだ。
「構え、阿呆」
バシッ!
後頭部をはたかれた。
「……いつの間に」
何故、この先に行ったはずのジジイが、私の背後にいるのか。
相変わらず、ジジイの化け物っぷりには舌を巻く。死ねばいいのに。
「まったくお前という奴は……。誰も入れるなと言ったはずだが」
「ええ、確かに。ですが『私も入るな』と聞いた覚えはありません」
「屁理屈を捏ねるな。……まあよい。興味があるなら一緒に来い」
「ほう。いいんですか?」
「ああ。どのみち、いずれお前には見せるつもりであった。もっとも、もし今、入るのを躊躇っていたら――殺していたかもしれんがな」
ジジイの口元が、弧を描く。
「……ふん。そんな臆病者に育った覚えはありませんね。何しろ、育ての親が化け物だったもので」
「ククッ。そうだったな」
半分以上が本気で構成された軽口を叩き合いながら、私とジジイは暗い階段に向けて一歩を踏み出した。
カツン、カツン。
ジジイが手に持った松明の明かり以外、無明の階段を2人で下る。
カツン、カツン。
石段を足裏が叩く音が、手狭な空間にこだましていた。
「で、先ほどは何があったのですか?」
「何のことだ」
「玉座の間で。西の方角を見たでしょう」
「ああ、ふむ。あれはな……」
ジジイは、殴られた顎にまた伸びそうになった自分の手に眉をしかめる。
「神だ。降りたな、ミッドガルドに」
「! それは、以前言っていたチコメコ・アトルの小物ではなく?」
「桁が違う。おそらく、十天神。降りたのはほんの一瞬であったが……」
「十天神……! しかし、一瞬……?」
「一瞬も永遠も変わらない。そんな規格外に、心当たりはあるがな。クク」
そしてその心当たりについては、話すつもりがないらしい。
ジジイの秘密主義には困ったものだ。いつか殺す。
「それで、その事とこの地下に、何か関係が?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない。神が動くのなら、こちらも相応の手札を切らねばなるまい?」
「……まさか、神と戦争しようとでも」
「ククク……ふはーはははは! 当たり前だ! 全世界は俺様のモノ。天空大陸とて例外ではないわ!」
「……」
頭を抱える。
ダメだこいつ。早く何とかしないと。
「怖気づいたか?」
「……別に。ただ、そう言うからには、手札とやらは、それなりなんでしょうね?」
「フッ……見ればわかる」
終わりがないのかとすら思えた階段の、終端が見えた。
地下室に通じているらしい、扉のない入り口から、僅かな光が漏れ出している。
「明かりが……?」
「クク……」
足を止めないジジイに続いて、私はそこに足を踏み入れる。
――ドクン。
「なッッッ!?」
思いの外、大きな空間がひらけて。
そこに、ソレは在った。
どうして、地下にこんな空洞が存在しているのかとか、あの狭い通路の中、どうやってソレを運び込んだのかとか。
そんな些細な疑問は、すぐにどうでもよくなった。
氷だ。
離れて立っていても、ここまで冷気が漂って来るほどの、巨大な氷。
その氷が発する微細な光が、太陽光の届かぬ地下室を仄かに照らし出している。
「美しいだろう。永久氷晶と言うらしい。俺様の知る限り、人間の中では最高の魔法使いが、これを生み出した」
確かに、美しい。
氷は隅々まで澄み渡っており、一点の曇りもない。
光を発する様など、一種神々しささえ醸し出す。
これを人間の魔法使いが創り出したというのなら、成る程、そいつは天才だ。
だが。
「そんなことはどうでもいい! アレは一体、何ですか!」
何故、ここに来るまで気づかなかったのか。
ソレから漏れ出す濃密な魔力に、冷や汗が浮かぶ。
――ドクン。
そして、鼓動。
非常に緩慢なリズムではあるが、ソレは確かに、生きていた。
氷の中に、ソレはいた。
女性、だろう。
あまりに生物離れした気配だが、外見だけ見れば我々人類と違いはない。
永久氷晶は美しいが、彼女がそこに在ることで、ただの飾りと化している。
我々と見た目に違いがない、といったが……ある一点を除けば、という文言が抜けていた。
彼女の背にあるそれは、翼。
純白の、翼だった。
「ああ。確かに。彼女の美しさに比べたら、このような氷は引き立て役に過ぎぬ」
「色ボケジジイ。そうじゃないでしょう。これは何かと聞いています」
背中の翼は神の証か。
しかし神であるのなら、その翼は黒。
……実際に見たことがあるわけではないが、書物にはそのように記されている。
「――『殺すことのできない怪物』」
「なっ……!?」
「そう言ったら、どうする?」
ジジイを見れば、凄惨な笑みで彼女を見つめていた。
「『怪物』は、英雄ジークフリートが倒したのでは!?」
「殺すことのできない怪物を、どうやって倒すんだ?」
にやにやと腹立たしく嗤いながら、ジジイが言う。
「…………本当なんですか」
「クク。どうかな」
どうやら、本当らしい。
このジジイ。とんでもないモノを隠し持っていやがる。
「……ハァー。『殺すことのできない怪物』は、貴方の別名ではないかと推測していたんですが」
「確かに、俺様はそう簡単には殺せないが……不死ではないぞ」
不死ではない、というその言葉もやや疑わしい。
「これがジジイの切り札ですか……」
「まあ現状、彼女を利用する手段は皆無だがな」
「は?」
「見ていろ」
ジジイが右手を、大きく振りかぶる。
「ぬぅん!」
爆音、激震、そして反響。
「――っっっ!」
魔王ガルガディスの拳を受けてしかし、永久氷晶には傷ひとつなかった。
「クックク。やはり、無駄か。素晴らしい魔法だ。封印、防御、気配遮断。そしておそらく時間凍結。さすがは――」
「……」
「ん? どうした」
ゲシッ!
無言で、ジジイに蹴りを入れる。
「痛っ!? 何故蹴る!?」
「やるなら、やると。鼓膜が破れるかと思いました」
ゲシッ! ゲシッ!
「わ、わかった。悪かったから蹴るのをやめろ」
「……で、この使えない切り札で、どうやって神と戦うと?」
「なるようになる! ふははははは!」
「ジジイ……」
結局、楽しければ何でもいいんだろう。
永久氷晶を見上げる。
長く艶やかな、ぬばたまの髪。
閉じた瞼の奥には、何色の瞳が眠っているのか。
悔しいが、ああ、本当に。
彼女は、美しい。この世のものとは思えぬほどに。
俺は今……ダラダラしていた。
「ほげー……」
ベラールの村の中央広場にあるベンチっぽいものに横たわり、少年少女たちと遊びまわるニナを、のんべんだらりと眺めていた。
「竜輔殿」
「ん?」
どこからか寄ってきたナツメが、眉根を寄せながら話しかけてくる。
「何だ?」
「何だ、ではない。竜輔殿は強者と戦う喜びに、努力を重ねる楽しさに気がついたのではなかったのか」
どうやら、あまりの怠けっぷりに文句を言いに来たらしい。
「明日からやるよ。明日から」
「こらっ! それはやらないヤツの常套句だろう!」
「だってめんどくさい」
「……はぁー……」
眉間を揉むナツメ。
人間、そう簡単に変わりはしないよね。
「んな事より、そっちはどうなんだ。刀、手に入りそうか?」
ナツメのコテツ(偽)は、あの戦いで折れてしまった。
貿易商でもあるナラシンハのつてで、代わりの刀を探してもらっているらしい。
と言っても、時折来る商人に心当たりがないか聞いているだけだろうが。
「いや。やはりミッドガルド大陸で、特にこのような西の端で刀を見つけるのは難しいようだ」
ナラシンハに預けているのか、今は刀を差していない自分の腰を見て、ナツメは寂しそうに呟いた。
一応、欠けた刀の破片は集めたようだが、打ち直そうにも大陸の鍛冶の主流は、鋳型に溶けた金属を流し込み固める、鋳造方式。
それに対して、熱した金属を槌で打ち、素材の密度と強度を高めつつ、目的の形に整えていくのが、鍛造方式だ。
刀と言えば典型的な鍛造による生産物であり、大陸の鍛冶とは相性が悪い。
「まージパングとはまともに貿易がないみたいだから難しいかもな」
「うむ。いっそ一度ジパングに戻った方が早いやも…………ふむ」
ナツメは唐突に考え込む。
「(そうか……それも悪くない……)」
「ん? 何だって?」
「いや。何でもない。……では、拙者は鍛錬に戻る。竜輔殿も、あまり怠けすぎないように」
「へーへー」
歩き出したナツメを、ひらひらと手を振って見送った。
再びニナたちへ目を向ける。
「やー!」
パコーン。
一人の少年が、置かれた木片を蹴り飛ばしていた。
「な……また、負けたじゃと!?」
「ねーちゃん、よえー」
「よわいねー」
「よわいよわいー」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
ニナたちは俺が教えた『缶ケリ』で遊んでいた。
蹴ってるのは缶じゃなくて、木片だけど。
鬼はニナ。単純なので、すぐ裏をかかれて木片を蹴られていた。
「リュースケー!」
涙目で俺に駆け寄るニナ。
「はいはい。俺がオニやるから泣かないの」
「おお、にーちゃんやるのか」
「りゅーにーちゃんやるの? やったー!」
「みんなゆだんするな! にーちゃんはてごわいぞ!」
子供たちもわらわらと集まってくる。
「フハハハ。小童ども。リュースケに勝とうとは100年早いわ!」
「だから何故ニナが威張る」
身体を起こし、立ち上がる。
「さて……」
俺は近くの民家の陰から覗いているヤツに、声を掛ける。
「おーい、ラティ。お前もやろうぜ」
「ふぇ!?」
「ラティ、おったのか?」
「あれ、ラティじゃん」
「はやくきなよー。ラティ」
「とろいぞラティ」
「ちょ、みんな、何で私は呼び捨てなんですかっ!?」
子供たちに呼び捨てられるラティ。
しかし……。
「うぅ……」
顔を赤くして、もじもじと悶えるばかりで出てこない。
「はいはい。俺に惚れちゃったのはわかったから、早く来いって」
「ほほほ、惚れてませんよ! なな何言ってるんですか!」
「あんなこと言ってるぞ」
俺は子供たちに話を振った。
「えー。ラティ、バレてねーとおもってんのかよ」
「どうみても、りゅーにーちゃんのこと、すきだよね」
「ひゅーひゅー。らぶらぶだー」
「らぶらぶー」
子供たちにからかわれて、ラティの顔がさらに濃い赤に変わる。
「うぅぅぅ! こ、こらー! 大人をからかうんじゃありませーん!」
「ラティがおこった!」
「にげろー!」
「わー!」
「待ちなさーい!」
缶ケリのはずが鬼ごっこに変わっている。
「リュースケ」
ニナがジト目を向けていた。
「ま、いいだろ? ラティならさ」
「……むう。仕方あるまい」
不満げにしながらも、ニナはやれやれと肩をすくめた。
「ちょ、そこ! 勝手に決めないでください!」
ラティが足を止めてこちらに向き直る。
「何を?」
「な、何って……それは……だから……」
にやにや。
「うぅぅ……。もう!」
「ははは」
ベラールは今日も平和である。
竜輔が力将ガルデニシアを下し、中立の町ラトーニュからチコメコ・アトル大森林へ移動して。
さらにはそこでロボを止めたり神と対峙している間に、他の勢力もそれなりの動きを見せていた。
魔導要塞ヴァルガノスに魔力が7割方回復し、一時荒れた国内も落ち着いてきた頃。
「また、世界征服をやめろ、か?」
力将を辞してから、時折訪ねてきてはそう告げる娘に、魔王ガルガディスは辟易する。
ここは魔王城、玉座の間。
父と娘以外には、玉座の傍らに知将ベリアルが無言で立っているだけで、他に人影はなかった。
見た目にはそれほど年の差を感じない親子だが、実際には2000歳以上離れている。
「そりゃお前……ダメだろう」
「そう」
「そうって……今日は随分あっさり納得するではないか」
「これは、できたらでいいって言われた。だから、もういい」
「言われた、ねえ」
ガルガディスは笑みを浮かべる。
逆にベリアルは、眉間に皺を作った。
「ガルデニシア」
「……?」
「お前、例の男に惚れたか?」
「……?」
「いや、だからな」
「……?」
「もういい……。お前にまともな反応を期待した俺様が馬鹿だった」
「父様、馬鹿なの?」
「やかましいわっ!」
「???」
「ええ。この方は、とても馬鹿です」
「そう」
「そう、じゃないっ! まったく……魔王を敬わんか、お前ら」
ここぞとばかりに便乗するベリアルに、ガルガディスは溜息をついた。
「ガルデニシア。お前は他にやることはないのか?」
「ある」
「ほう。何だ」
「これ」
バキャア!
やにわに娘のアッパーカットを喰らって、魔王は玉座から浮き上がった。
落下し、一度椅子に跳ねてから床に倒れ伏す。
…………。
しばらくの間、誰も何も言わない。
「何をするかぁぁぁ!!」
がばりと起き上がり、ガルガディスは当然の怒りを吐き出した。
「だから、やること。魔法と、体、鍛えてる」
「だからって何故殴る!?」
「……父様なら大丈夫だと思った」
「信頼が痛い!」
だが実際、元力将に本気で殴られても元気であった。
ベリアルに冷めた目で見られていることに気づき、ガルガディスは咳払いをして玉座に戻る。
「あー。もうよい。下がれ」
「わかった」
頷いて、ガルデニシアは玉座の間から退出した。
再び、沈黙。
「効きましたか?」
ガルガディスはベリアルに問われ、知らず顎を撫でていた手を止める。
「きかぬ」
「……フッ」
「鼻で笑いおったな、お前……」
ベリアルの怜悧な美貌で蔑まれると、結構心に響く。
ガルガディスはすでに慣れていたので平気だったが、別に嬉しくはなかった。
「まったく…………ぬう!」
ガルガディスの雰囲気が変わり、視線を西の方角へと向けた。
「……?」
ベリアルもまたそちらを見るが、別段いつもと変わったところはない。
「……やはり、ボケ――」
「それはもうよい」
律儀に突っ込みを入れつつ。ガルガディスは立ち上がる。
「地下書庫に篭る。しばらく誰も入れるな」
「……」
「いいな」
「イエス。魔王ガルガディス」
ベリアルは急なお達しに礼で返し、扉へ向かうガルガディスを見送った。
「……ふむ」
そしてさも当然のように、気配を殺してその後を追った。
魔王の去り際のあの嗤い。
いつだったか、ジークがどうとか言っていた時と同じ顔だった。
そして、姫様を倒した例の男について語るときと、同じ顔でもある。
地下書庫の本棚の陰から、ジジイの行動を観察する。
この書庫は限られた者にしか知らされていない、魔国にとって危険な情報も置かれた場所。
にも関わらず「誰も入れるな」などと、わざわざ命令するとなれば。
ジジイの足が止まり、壁際の本棚へ体を向けた。
一冊の本をジジイが押し込むと、
――カチリ。
何かが切り替わる小さな音が聞こえてくる。
――ゴゴゴ。
本棚が扉のごとく壁側に向かって開いていく。
やはり。何かあるとは思っていたが。
壁の中は暗く、この位置から内部は見通せない。
――ゴゴゴ。
ジジイが入ると、本棚は自動的に元に戻った。
「……」
慌てず、動かずに待つ。
きっちり30秒後、件の本棚の前に立った。
確か、この本だったな。
――カチリ。ゴゴゴ。
押し込めば、先ほどと同じように本棚が開く。
奥は、長い階段になっていた。
一本道であり、これを下ればジジイにばったり、という可能性が高いだろう。
「構うものか」
そのときは、そのときだ。
「構え、阿呆」
バシッ!
後頭部をはたかれた。
「……いつの間に」
何故、この先に行ったはずのジジイが、私の背後にいるのか。
相変わらず、ジジイの化け物っぷりには舌を巻く。死ねばいいのに。
「まったくお前という奴は……。誰も入れるなと言ったはずだが」
「ええ、確かに。ですが『私も入るな』と聞いた覚えはありません」
「屁理屈を捏ねるな。……まあよい。興味があるなら一緒に来い」
「ほう。いいんですか?」
「ああ。どのみち、いずれお前には見せるつもりであった。もっとも、もし今、入るのを躊躇っていたら――殺していたかもしれんがな」
ジジイの口元が、弧を描く。
「……ふん。そんな臆病者に育った覚えはありませんね。何しろ、育ての親が化け物だったもので」
「ククッ。そうだったな」
半分以上が本気で構成された軽口を叩き合いながら、私とジジイは暗い階段に向けて一歩を踏み出した。
カツン、カツン。
ジジイが手に持った松明の明かり以外、無明の階段を2人で下る。
カツン、カツン。
石段を足裏が叩く音が、手狭な空間にこだましていた。
「で、先ほどは何があったのですか?」
「何のことだ」
「玉座の間で。西の方角を見たでしょう」
「ああ、ふむ。あれはな……」
ジジイは、殴られた顎にまた伸びそうになった自分の手に眉をしかめる。
「神だ。降りたな、ミッドガルドに」
「! それは、以前言っていたチコメコ・アトルの小物ではなく?」
「桁が違う。おそらく、十天神。降りたのはほんの一瞬であったが……」
「十天神……! しかし、一瞬……?」
「一瞬も永遠も変わらない。そんな規格外に、心当たりはあるがな。クク」
そしてその心当たりについては、話すつもりがないらしい。
ジジイの秘密主義には困ったものだ。いつか殺す。
「それで、その事とこの地下に、何か関係が?」
「あると言えばあるし、ないと言えばない。神が動くのなら、こちらも相応の手札を切らねばなるまい?」
「……まさか、神と戦争しようとでも」
「ククク……ふはーはははは! 当たり前だ! 全世界は俺様のモノ。天空大陸とて例外ではないわ!」
「……」
頭を抱える。
ダメだこいつ。早く何とかしないと。
「怖気づいたか?」
「……別に。ただ、そう言うからには、手札とやらは、それなりなんでしょうね?」
「フッ……見ればわかる」
終わりがないのかとすら思えた階段の、終端が見えた。
地下室に通じているらしい、扉のない入り口から、僅かな光が漏れ出している。
「明かりが……?」
「クク……」
足を止めないジジイに続いて、私はそこに足を踏み入れる。
――ドクン。
「なッッッ!?」
思いの外、大きな空間がひらけて。
そこに、ソレは在った。
どうして、地下にこんな空洞が存在しているのかとか、あの狭い通路の中、どうやってソレを運び込んだのかとか。
そんな些細な疑問は、すぐにどうでもよくなった。
氷だ。
離れて立っていても、ここまで冷気が漂って来るほどの、巨大な氷。
その氷が発する微細な光が、太陽光の届かぬ地下室を仄かに照らし出している。
「美しいだろう。永久氷晶と言うらしい。俺様の知る限り、人間の中では最高の魔法使いが、これを生み出した」
確かに、美しい。
氷は隅々まで澄み渡っており、一点の曇りもない。
光を発する様など、一種神々しささえ醸し出す。
これを人間の魔法使いが創り出したというのなら、成る程、そいつは天才だ。
だが。
「そんなことはどうでもいい! アレは一体、何ですか!」
何故、ここに来るまで気づかなかったのか。
ソレから漏れ出す濃密な魔力に、冷や汗が浮かぶ。
――ドクン。
そして、鼓動。
非常に緩慢なリズムではあるが、ソレは確かに、生きていた。
氷の中に、ソレはいた。
女性、だろう。
あまりに生物離れした気配だが、外見だけ見れば我々人類と違いはない。
永久氷晶は美しいが、彼女がそこに在ることで、ただの飾りと化している。
我々と見た目に違いがない、といったが……ある一点を除けば、という文言が抜けていた。
彼女の背にあるそれは、翼。
純白の、翼だった。
「ああ。確かに。彼女の美しさに比べたら、このような氷は引き立て役に過ぎぬ」
「色ボケジジイ。そうじゃないでしょう。これは何かと聞いています」
背中の翼は神の証か。
しかし神であるのなら、その翼は黒。
……実際に見たことがあるわけではないが、書物にはそのように記されている。
「――『殺すことのできない怪物』」
「なっ……!?」
「そう言ったら、どうする?」
ジジイを見れば、凄惨な笑みで彼女を見つめていた。
「『怪物』は、英雄ジークフリートが倒したのでは!?」
「殺すことのできない怪物を、どうやって倒すんだ?」
にやにやと腹立たしく嗤いながら、ジジイが言う。
「…………本当なんですか」
「クク。どうかな」
どうやら、本当らしい。
このジジイ。とんでもないモノを隠し持っていやがる。
「……ハァー。『殺すことのできない怪物』は、貴方の別名ではないかと推測していたんですが」
「確かに、俺様はそう簡単には殺せないが……不死ではないぞ」
不死ではない、というその言葉もやや疑わしい。
「これがジジイの切り札ですか……」
「まあ現状、彼女を利用する手段は皆無だがな」
「は?」
「見ていろ」
ジジイが右手を、大きく振りかぶる。
「ぬぅん!」
爆音、激震、そして反響。
「――っっっ!」
魔王ガルガディスの拳を受けてしかし、永久氷晶には傷ひとつなかった。
「クックク。やはり、無駄か。素晴らしい魔法だ。封印、防御、気配遮断。そしておそらく時間凍結。さすがは――」
「……」
「ん? どうした」
ゲシッ!
無言で、ジジイに蹴りを入れる。
「痛っ!? 何故蹴る!?」
「やるなら、やると。鼓膜が破れるかと思いました」
ゲシッ! ゲシッ!
「わ、わかった。悪かったから蹴るのをやめろ」
「……で、この使えない切り札で、どうやって神と戦うと?」
「なるようになる! ふははははは!」
「ジジイ……」
結局、楽しければ何でもいいんだろう。
永久氷晶を見上げる。
長く艶やかな、ぬばたまの髪。
閉じた瞼の奥には、何色の瞳が眠っているのか。
悔しいが、ああ、本当に。
彼女は、美しい。この世のものとは思えぬほどに。
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