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第50話 アレハンドロ一家と腕相撲
「馬鹿野郎! 丁寧に運ばねぇか! 大事な商品だぞ!」
「「へいっ! すんませんっ!」」
などというやり取りが耳に入る。
船に搬入する荷物を運んでいるのだろう。
ガタ、ガタ。
怒鳴られた男たちが持つ箱が、不自然にガタガタ動いているのは、きっと気のせいか、目の錯覚である。
ここはポスクェの東端、『裏町』の一角。
西側――『表』の、普通に明るい港町なポスクェとは違い、道幅も狭く、建造物も上等とは言えない。
通行人もまばらで、いても先ほどのようにガラの良くない連中が多い。
あまり計画的に建てなかったのか、雑多に並ぶ建物群は、『裏町』を入り組んだ構造にしている。
「で、ロサ・マリアさんとやらは、ニナと関係があるのか?」
歩きながら話す。
情報屋で、そんなことを言っていた。
「直接はないのじゃが……。彼女は赤竜人でな」
「えっ。そうだったんですか」
「うむ。世間一般ではSランカーとして有名じゃが、彼女はドラッケンレイ最強の、12竜騎士の一人でもある」
「12竜騎士……確か、ドラッケンレイの6種の竜人の中から、種を問わず最も強い12人が選ばれる……のだったか」
「ナツメはさすがに詳しいのう。それでだいたい合っておる。ただ、今は3つほど欠番があるが」
「そういうことなら、白竜城の第3王女であるニナさんと面識があるのも納得ですね」
「わらわも全ての竜騎士と知り合いというわけではないがな。彼女とは、縁があったのじゃ。姉繋がりで……」
姉、という単語だけ、ニナは弱々しく呟いた。
苦手意識でもあるんだろうか。
「む。見えたぞ」
数ある細い路地のひとつを抜けた先。
道が大きく開け、突き当たりにそこそこ大きな木造の酒場がある。
情報屋によれば、ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団は、ここを溜まり場にしているそうだ。
酒場の前。
剥き出しの石畳の上にも直接、テーブルと椅子がいくつか置かれていた。
荒くれの船乗りたちが大勢集まり、昼間からアルコール飲料を嗜んでいる。
さすがに、体格のいい男ばかりだ。
「……」
「? 竜輔殿。何故立ち止まる?」
「いやちょっと……。酒には近づきたくなくて……」
「飲まねばいいだけじゃろ」
そうなんだが……。
「へぇー。リュースケさん、お酒が苦手なんですか。意外ですね」
いいこと聞いた、と、笑うラティ。
がしっ!
「ひゃ!」
ラティの正面から両肩に手を置く。
「悪いことは言わない。絶対俺に酒を飲ませるな。いいか、絶対にだ!」
「は、はあ(そこまで言われると逆に……)」
「フリじゃないぞ(ジロリ)」
「わ、わかりました」
「心配せずとも、下戸の者に無理に酒を勧めたりはせんが」
ある意味、下戸どころの問題ではない。
それを知らない2人に念を押してから、俺たちは酒場の前に近づいた。
「少し、いいだろうか」
ナツメが声を掛ける。
「あん?」
外で飲んでいた巨漢のひとりが、訝しげに振り返る。
そして俺たちを見て、驚きをあらわにする。
「お……。おい、見てみろよ」
促された仲間の男たちもこちらを見た。
「こりゃ……」「ヒュー!」「上玉じゃねぇか」
ニナ、ナツメ、ラティに下品な野次や口笛が浴びせられる。
尤も、旅をしていればこの程度は日常茶飯事である。
……腹が立たないわけではないが。
「ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団を探しているのだが」
ぴたり。
ナツメの言葉に、男たちが静まり返った。
あたりが剣呑な雰囲気に包まれる。
「ロサ・マリアだとぉ?」
のそり。
酒場側に近い奥の席に座っていた、一際でかい男が立ち上がる。
2メートルを越える長身もさることながら、むしろ横幅を生み出している頑強な肉体が見る者を威圧した。
半そでから伸びる丸太のような腕には、細かな傷がいくつもついている。
手入れされていない髭面を憤怒の形相に染めながら、男がこちらに近づいた。
「あのクソ・ビッチの名前をここで出すたあ、いい度胸してるじゃねぇか」
熊のような大男が目前に立っても、ナツメは平然としている。
「俺たちをアレハンドロ一家と知って言ってるんだろうな、ああ!?」
「……アレハンドロ一家?」
怒鳴り声にも動じず、ナツメは少し考え込んだ後、こちらを振り向いた。
「……どういうことだ?」
「あわわ……えーっと、つまりこれは……情報がアレで……」
「どういうことなんじゃ?」
テンパるラティを無視して、ニナが俺に問いかける。
「ルイス=ミゲル……あの情報屋に、ガセを掴まされた、ってことだろ」
野郎。後でしめる。
「ああ!? ルイス=ミゲルだぁ!? ……チッ。あの野郎の差し金か」
熊男は忌々しげに顔を歪めて、手近な椅子にどっかと腰掛けた。
「アレハンドロの親父、どうします?」「やっちまいますか?」「ヒヒヒ」
どうやら熊男――アレハンドロの取り巻きだったらしい他の男たちが、物騒なことを口走る。
「まあ待て。お前ら、あのビッチに何の用だ」
ナツメが俺たちに視線を送る。
話してもいいか、という問いかけだろう。
このまますんなり帰してくれそうもないし、やむを得ないか。
別に隠すことでもないしな。
俺たちが頷くと、ナツメが男へ向き直る。
「ひとつ、仕事を頼みたいだけだ」
「内容は」
「ジパングへの渡航」
「ほう……」
にやり、とアレハンドロが歯を剥き出す。
「お前、ジパング人か」
「そうだ」
「ヒュー!」「マジか」「レアだな」「高く売れるぜ」
「……」
こいつら。
「まあ落ち着けテメェら。よう、どうだジパング人。俺と一勝負しねぇか」
「勝負?」
ナツメの左手が刀に添えられるが、折れたコテツに刃はほとんどついていない。
「お前らの誰でもいい。俺と腕相撲をする。勝てば、ロサ・マリアの居所を教えてやる」
にやにやと笑いながら、アレハンドロが提案する。
「あ、あのー……。もし負けたら、どうなるんでしょうか?」
ラティが恐るおそる質問した。
「お前らは奴隷だ。男も含めて全員上モノだから、高く売れるぜ。グハハハ!」
ピキキ。
ナツメが額に青筋を立てる。
無論、俺も。
「……そのような勝負に乗るつもりもないし、必要もない。失礼する」
踵を返したナツメに、俺たちも続こうとするが。
「おおっと」「そんなつれないこと言うなよ」「ちょっと遊んでいこうぜ」
男たちが回りこんで、俺たちを囲んだ。
「何だ、怖気づいたか。そこの男、テメェもナニがついてんだったら、度胸を見せろや。この腰抜けが! グッハハ!」
ギャハハハ!
アレハンドロの言葉に、子分どもが笑う。
安いうえに下品な挑発だ。
「む。リュースケは腰抜けではないぞ! 大勢で囲まねば勝負も挑めない、貴様らの方がよほど腰抜けではないか!」
のっちゃう子がひとりいた。
ニナがいきり立って、アレハンドロにつっかかる。
「ニナ。俺なら気にしてないから」
「しかし夫を馬鹿にされては黙っておれぬ。そこの熊男。腰抜けというのを撤回するのじゃ」
ニナは完全に頭に血が上っているようだ。
「ああ? うるせぇぞガキ。……白竜人か。高く売ってやるから、商品は大人しくしてろ!」
ドン!
「おっ……」
アレハンドロに肩を小突かれて、ニナが後ろに数歩よろけた。
…………あ?
「「あ……」」
ナツメとラティが「あちゃー」と顔を手で覆っていたが、俺の脳はすでに、それを重要視していなかった。
――ヒュン!
ビシッ。
ギリギリギリギリ……!
「……!?」「こ、この女、どこから!?」「いつの間に!?」
アレハンドロの首筋にエレメンツィアの大鎌が突き付けられていた。
正確に言えば、躊躇なく突き立てられんとしている鎌の切っ先を、俺の親指と人差し指が挟み込んで押さえていた。
「……!!」
アレハンドロは言葉もなく、全身に脂汗を滲ませている。
「何故、止めるのですか」
「俺にやらせろよ」
ギリギリギリギリ……。
拮抗したまま、しばしエレメンツィアと睨み合う。
「……任せましょう」
「悪いな」
人型のエレメンツィアが消失し、俺が摘んでいる大鎌が残された。
「ほら」
「お? う、うむ」
びっくりして固まっていたニナに、エレメンツィア(鎌型)を手渡す。
「な、何だったんだ」「突然現れて、突然消えたぞ……?」「その鎌の力か?」
男たちのひとりが、ニナの持つエレメンツィアに手を伸ばす。
その手を、捻り上げた。
「いっでででで!?」
「で、誰が何だって?」
「て、てめ、離……いでで!」
「ニナが商品だぁ……? ぶっ殺すぞコラァ!」
「(ああ……やっぱり……)」
「(こうなってはもう、止まらんな……)」
「おお。いいぞリュースケ! もっとやれ!」
どげしっ!
腕を背中に捻り上げながら、男の背中を蹴り飛ばした。
ガシャーン!
男は並べられたテーブルのひとつに頭からつっこみ、盛大に音を立てた。
そして倒れたまま、起き上がっては来ない。
「ボリスっ!」「野郎!」「やりやがったな!」「このガキ!」
殺気立った男たちが身構えて、何人かは短剣を手に取った。
「やめねぇかテメェら!」
我に返った熊男の怒声に、アレハンドロ一家はたたらを踏んだ。
「で、でもよ親父!」
「わかってる。おい小僧、ここまでやらかしたんだ。今更勝負から逃げねぇだろうな」
「おお、やってやろうじゃねぇかクソデブ野郎」
「てめ、親父に向かって……」
「グッハハ! 約束は忘れるなよ!」
「こっちのセリフだ」
ドカッ!
椅子に座った。
アレハンドロとテーブルを挟んで向かい合う。
「確認するが」
「あん?」
これだけは、ちゃんと聞いておかないとな。
「ルールは、手の甲がテーブルについたら負け。それだけでいいな?」
「たりめぇだろ。腕相撲に、他のルールがあるか?」
「それならいいんだ」
ニヤリ。
「(あれは何か企んでる顔じゃな。ワクワク)」
「(やれやれ。面倒なことに……)」
「(あの情報屋の人には、後で絶対文句言いましょうね)」
がしり。
互いの右手を握り締める。
アレハンドロは、右手の中指に土色の宝石がついた指輪をつけていた。
「おい。指輪なんかして、壊れても知らないぞ」
「グッハハ! 余計な心配をするな。俺の手の甲がつくなんてことは、有りえねぇんだからよ!」
「そうかい」
グッ。
お互いに、少しだけ力を込めた。
「ん? あの指輪は……」
「なんじゃ、ナツメ」
「……力の指輪、ではなかろうか」
「え? それって確か、その名の通り筋力が増強されるマジックアイテムの?」
背後から、ニナたちの会話が聞こえる。
「グッハハ! 今更気づいても遅いわ!」
「親父の筋肉に、力の指輪をつければまさに最強!」
「負けるなんてありえねぇ!」
アレハンドロ一家が盛り上がる。
逆に、ニナたちは哀れみの視線を送っていた。
「……相手がリュースケでなければのう」
「力、強そうですもんね……あの大きい人……」
「うむ……」
「何ブツブツ言っていやがる。親父、はじめてもいいですかい」
「おう、合図してくれや」
俺は足の指に力を込めた。
ビキキッ!
足元の石畳にヒビが入る。
「ん? 何の音だ?」
「んなことより、はやくやろうぜ」
「ああ……そんじゃ……」
「始め!」
「ぬぅぅん!」
ミシ……!
アレハンドロの筋肉が、膨れ上がる。
血管がモリモリ浮き出て、その顔が気合いに大きく歪む。
「…………ぬ、ぅ!?」
そして、焦りの声を漏らした。
頑丈そうなテーブルも、ミシミシと軋んでいるが……。
「う、嘘だろ」「親父と……」「互角だと!?」
俺とアレハンドロの握り拳は、初期位置から1ミリも動いていない。
「グ、グッハハ。な、なかなかやるな、小僧」
額から汗の玉を零しながら、アレハンドロが引き攣った笑い声を上げる。
「アンタは、想像以上に弱いな」
「何だと――ぐあぁぁ!」
ギリリリミシ!!
俺は右手を、より強く握り締めた。
「え?」「親父?」「一体何が……」
「っっつ! て、てめぇ! 離せ、畜生!」
「離すか、ボケが」
「くっ! クソッ! このっ!」
ガタタッ!
アレハンドロは椅子から立ち上がり、両手を使って俺を引き離そうとする。
押そうが引こうが、腕も体も、ピクリとも動きはしなかった。
俺の体重は80キロもない。
俺の筋力に関わらず、80キロを片手で持てるなら、俺を持ち上げることはできる。
本来ピクリとも動かないというのは、あり得ない。
しかし。
今俺は、薄い皮の靴越しに、足の指で石畳を掴んでいる。
つまり。
俺の足の指の筋力を上回るか、石畳を持ち上げる力がなければ、俺を動かすことはできないのだった。
「な、何なんだテメェは! ぐああ!」
ビキバキ。
そろそろ、アレハンドロの骨にはヒビが入ったかもしれない。
「ま、待て! オレの負けでいい! だから離してくれ!」
「ハァ? 何言ってんの? 降参なんてルールにないだろ。手の甲がテーブルにつくまで終わらねぇよ。クッククク」
「う、うわあ……邪悪な笑みを……」
「なるほど……。そのために、さっきルールを確認していたのか……」
「さすがはリュースケじゃな!」
ニナ以外、味方もドン引きしていた。
「て、て……て、テメェら! こいつを引き剥がせ!」
「「「「お、おうっ!」」」」
アレハンドロ一家が、俺に掴みかかる。
何人かが俺の指を開こうと試み、体を離そうと引っ張り、首に腕を回して引き剥がそうとした。
「……な、何だコイツ!?」
「う、動かねぇ!?」
「嘘だろ!?」
「何人いると思っていやがる!」
バキバキバキ!
「ぎ、ぎぃああああ!」
アレハンドロの手の骨が、とうとう砕けた。
嫌な感触が手のひらに伝わる。
「や、野郎!」
ひとりの男が、短剣で俺を斬りつける。
ガキン!
ナツメのコテツが、受け止めた。
コテツは折れてしまっているため、刃渡りは20cmほどしか残っていないが、素人の短剣を受け止めるくらいならわけないだろう。
「……大人しく見ていろ。竜輔殿は少々やり過ぎだとは思うが……。勝負を挑んだのはそちらなのだからな」
「く……!」
「があぁあ!! 頼む! 離してくれぇぇ!」
「謝罪は?」
「わ、悪かった! オレが悪かった! すまん! ごめんなさい!」
「ダメだ。許さん」
「ぎゃあああ!!」
びきばきぼき。
大の男が泣きそうな顔で許しを請うている。
うーん……気持ち悪いからそろそろ離そうかな……。
――カツーン――。
耳障りな叫び声の中、その足音は何故か俺たちの耳に響いた。
おそらく、彼女の鮮やかな存在感故に。
「そのくらいで、許してあげて下さらない?」
「「「「げっ!」」」」
その声に、アレハンドロ一家は(親分を放置して)一斉に距離をとった。
「ワタシが仕組んだこととはいえ、さすがに可哀想になってきたわ」
「……おう、美人」
「っ! っぁ……!」
美人の登場に、思わず手を離していた。
アレハンドロが右手に左手を添えて転げ回っているが、もうどうでもいいか。
「アレハンドロも馬鹿ね。こんな辛気臭いところでお酒ばかり飲んで、演劇のひとつも見ない非文化人だから、こんな目に合うのよ?」
「ぐ……。このアマ……!」
真紅の長い髪は、燃え盛る炎。
風に揺られて陽光を反射する様子は、まるで火の粉が飛び散るかのよう。
オレンジの瞳はより熱い炎か。
しかしやや外下がりの目尻は、見る者に優しげな印象も与えるだろう。
赤竜人だ。
そして恐らく、彼女が俺たちの探し人。
想像していたよりも若い。
俺より少し上くらい……18,9といったところだろうか。
竜人だから、よくわからんけれど。
「久しぶりじゃな、マリア」
「ええ。お久しぶりですニナ王女。そしてはじめまして、『黒金の英雄』さん。貴方の血は、何色かしら?」
『薔薇色の』ロサ・マリアは、美しく、妖艶に微笑んだ。
「「へいっ! すんませんっ!」」
などというやり取りが耳に入る。
船に搬入する荷物を運んでいるのだろう。
ガタ、ガタ。
怒鳴られた男たちが持つ箱が、不自然にガタガタ動いているのは、きっと気のせいか、目の錯覚である。
ここはポスクェの東端、『裏町』の一角。
西側――『表』の、普通に明るい港町なポスクェとは違い、道幅も狭く、建造物も上等とは言えない。
通行人もまばらで、いても先ほどのようにガラの良くない連中が多い。
あまり計画的に建てなかったのか、雑多に並ぶ建物群は、『裏町』を入り組んだ構造にしている。
「で、ロサ・マリアさんとやらは、ニナと関係があるのか?」
歩きながら話す。
情報屋で、そんなことを言っていた。
「直接はないのじゃが……。彼女は赤竜人でな」
「えっ。そうだったんですか」
「うむ。世間一般ではSランカーとして有名じゃが、彼女はドラッケンレイ最強の、12竜騎士の一人でもある」
「12竜騎士……確か、ドラッケンレイの6種の竜人の中から、種を問わず最も強い12人が選ばれる……のだったか」
「ナツメはさすがに詳しいのう。それでだいたい合っておる。ただ、今は3つほど欠番があるが」
「そういうことなら、白竜城の第3王女であるニナさんと面識があるのも納得ですね」
「わらわも全ての竜騎士と知り合いというわけではないがな。彼女とは、縁があったのじゃ。姉繋がりで……」
姉、という単語だけ、ニナは弱々しく呟いた。
苦手意識でもあるんだろうか。
「む。見えたぞ」
数ある細い路地のひとつを抜けた先。
道が大きく開け、突き当たりにそこそこ大きな木造の酒場がある。
情報屋によれば、ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団は、ここを溜まり場にしているそうだ。
酒場の前。
剥き出しの石畳の上にも直接、テーブルと椅子がいくつか置かれていた。
荒くれの船乗りたちが大勢集まり、昼間からアルコール飲料を嗜んでいる。
さすがに、体格のいい男ばかりだ。
「……」
「? 竜輔殿。何故立ち止まる?」
「いやちょっと……。酒には近づきたくなくて……」
「飲まねばいいだけじゃろ」
そうなんだが……。
「へぇー。リュースケさん、お酒が苦手なんですか。意外ですね」
いいこと聞いた、と、笑うラティ。
がしっ!
「ひゃ!」
ラティの正面から両肩に手を置く。
「悪いことは言わない。絶対俺に酒を飲ませるな。いいか、絶対にだ!」
「は、はあ(そこまで言われると逆に……)」
「フリじゃないぞ(ジロリ)」
「わ、わかりました」
「心配せずとも、下戸の者に無理に酒を勧めたりはせんが」
ある意味、下戸どころの問題ではない。
それを知らない2人に念を押してから、俺たちは酒場の前に近づいた。
「少し、いいだろうか」
ナツメが声を掛ける。
「あん?」
外で飲んでいた巨漢のひとりが、訝しげに振り返る。
そして俺たちを見て、驚きをあらわにする。
「お……。おい、見てみろよ」
促された仲間の男たちもこちらを見た。
「こりゃ……」「ヒュー!」「上玉じゃねぇか」
ニナ、ナツメ、ラティに下品な野次や口笛が浴びせられる。
尤も、旅をしていればこの程度は日常茶飯事である。
……腹が立たないわけではないが。
「ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団を探しているのだが」
ぴたり。
ナツメの言葉に、男たちが静まり返った。
あたりが剣呑な雰囲気に包まれる。
「ロサ・マリアだとぉ?」
のそり。
酒場側に近い奥の席に座っていた、一際でかい男が立ち上がる。
2メートルを越える長身もさることながら、むしろ横幅を生み出している頑強な肉体が見る者を威圧した。
半そでから伸びる丸太のような腕には、細かな傷がいくつもついている。
手入れされていない髭面を憤怒の形相に染めながら、男がこちらに近づいた。
「あのクソ・ビッチの名前をここで出すたあ、いい度胸してるじゃねぇか」
熊のような大男が目前に立っても、ナツメは平然としている。
「俺たちをアレハンドロ一家と知って言ってるんだろうな、ああ!?」
「……アレハンドロ一家?」
怒鳴り声にも動じず、ナツメは少し考え込んだ後、こちらを振り向いた。
「……どういうことだ?」
「あわわ……えーっと、つまりこれは……情報がアレで……」
「どういうことなんじゃ?」
テンパるラティを無視して、ニナが俺に問いかける。
「ルイス=ミゲル……あの情報屋に、ガセを掴まされた、ってことだろ」
野郎。後でしめる。
「ああ!? ルイス=ミゲルだぁ!? ……チッ。あの野郎の差し金か」
熊男は忌々しげに顔を歪めて、手近な椅子にどっかと腰掛けた。
「アレハンドロの親父、どうします?」「やっちまいますか?」「ヒヒヒ」
どうやら熊男――アレハンドロの取り巻きだったらしい他の男たちが、物騒なことを口走る。
「まあ待て。お前ら、あのビッチに何の用だ」
ナツメが俺たちに視線を送る。
話してもいいか、という問いかけだろう。
このまますんなり帰してくれそうもないし、やむを得ないか。
別に隠すことでもないしな。
俺たちが頷くと、ナツメが男へ向き直る。
「ひとつ、仕事を頼みたいだけだ」
「内容は」
「ジパングへの渡航」
「ほう……」
にやり、とアレハンドロが歯を剥き出す。
「お前、ジパング人か」
「そうだ」
「ヒュー!」「マジか」「レアだな」「高く売れるぜ」
「……」
こいつら。
「まあ落ち着けテメェら。よう、どうだジパング人。俺と一勝負しねぇか」
「勝負?」
ナツメの左手が刀に添えられるが、折れたコテツに刃はほとんどついていない。
「お前らの誰でもいい。俺と腕相撲をする。勝てば、ロサ・マリアの居所を教えてやる」
にやにやと笑いながら、アレハンドロが提案する。
「あ、あのー……。もし負けたら、どうなるんでしょうか?」
ラティが恐るおそる質問した。
「お前らは奴隷だ。男も含めて全員上モノだから、高く売れるぜ。グハハハ!」
ピキキ。
ナツメが額に青筋を立てる。
無論、俺も。
「……そのような勝負に乗るつもりもないし、必要もない。失礼する」
踵を返したナツメに、俺たちも続こうとするが。
「おおっと」「そんなつれないこと言うなよ」「ちょっと遊んでいこうぜ」
男たちが回りこんで、俺たちを囲んだ。
「何だ、怖気づいたか。そこの男、テメェもナニがついてんだったら、度胸を見せろや。この腰抜けが! グッハハ!」
ギャハハハ!
アレハンドロの言葉に、子分どもが笑う。
安いうえに下品な挑発だ。
「む。リュースケは腰抜けではないぞ! 大勢で囲まねば勝負も挑めない、貴様らの方がよほど腰抜けではないか!」
のっちゃう子がひとりいた。
ニナがいきり立って、アレハンドロにつっかかる。
「ニナ。俺なら気にしてないから」
「しかし夫を馬鹿にされては黙っておれぬ。そこの熊男。腰抜けというのを撤回するのじゃ」
ニナは完全に頭に血が上っているようだ。
「ああ? うるせぇぞガキ。……白竜人か。高く売ってやるから、商品は大人しくしてろ!」
ドン!
「おっ……」
アレハンドロに肩を小突かれて、ニナが後ろに数歩よろけた。
…………あ?
「「あ……」」
ナツメとラティが「あちゃー」と顔を手で覆っていたが、俺の脳はすでに、それを重要視していなかった。
――ヒュン!
ビシッ。
ギリギリギリギリ……!
「……!?」「こ、この女、どこから!?」「いつの間に!?」
アレハンドロの首筋にエレメンツィアの大鎌が突き付けられていた。
正確に言えば、躊躇なく突き立てられんとしている鎌の切っ先を、俺の親指と人差し指が挟み込んで押さえていた。
「……!!」
アレハンドロは言葉もなく、全身に脂汗を滲ませている。
「何故、止めるのですか」
「俺にやらせろよ」
ギリギリギリギリ……。
拮抗したまま、しばしエレメンツィアと睨み合う。
「……任せましょう」
「悪いな」
人型のエレメンツィアが消失し、俺が摘んでいる大鎌が残された。
「ほら」
「お? う、うむ」
びっくりして固まっていたニナに、エレメンツィア(鎌型)を手渡す。
「な、何だったんだ」「突然現れて、突然消えたぞ……?」「その鎌の力か?」
男たちのひとりが、ニナの持つエレメンツィアに手を伸ばす。
その手を、捻り上げた。
「いっでででで!?」
「で、誰が何だって?」
「て、てめ、離……いでで!」
「ニナが商品だぁ……? ぶっ殺すぞコラァ!」
「(ああ……やっぱり……)」
「(こうなってはもう、止まらんな……)」
「おお。いいぞリュースケ! もっとやれ!」
どげしっ!
腕を背中に捻り上げながら、男の背中を蹴り飛ばした。
ガシャーン!
男は並べられたテーブルのひとつに頭からつっこみ、盛大に音を立てた。
そして倒れたまま、起き上がっては来ない。
「ボリスっ!」「野郎!」「やりやがったな!」「このガキ!」
殺気立った男たちが身構えて、何人かは短剣を手に取った。
「やめねぇかテメェら!」
我に返った熊男の怒声に、アレハンドロ一家はたたらを踏んだ。
「で、でもよ親父!」
「わかってる。おい小僧、ここまでやらかしたんだ。今更勝負から逃げねぇだろうな」
「おお、やってやろうじゃねぇかクソデブ野郎」
「てめ、親父に向かって……」
「グッハハ! 約束は忘れるなよ!」
「こっちのセリフだ」
ドカッ!
椅子に座った。
アレハンドロとテーブルを挟んで向かい合う。
「確認するが」
「あん?」
これだけは、ちゃんと聞いておかないとな。
「ルールは、手の甲がテーブルについたら負け。それだけでいいな?」
「たりめぇだろ。腕相撲に、他のルールがあるか?」
「それならいいんだ」
ニヤリ。
「(あれは何か企んでる顔じゃな。ワクワク)」
「(やれやれ。面倒なことに……)」
「(あの情報屋の人には、後で絶対文句言いましょうね)」
がしり。
互いの右手を握り締める。
アレハンドロは、右手の中指に土色の宝石がついた指輪をつけていた。
「おい。指輪なんかして、壊れても知らないぞ」
「グッハハ! 余計な心配をするな。俺の手の甲がつくなんてことは、有りえねぇんだからよ!」
「そうかい」
グッ。
お互いに、少しだけ力を込めた。
「ん? あの指輪は……」
「なんじゃ、ナツメ」
「……力の指輪、ではなかろうか」
「え? それって確か、その名の通り筋力が増強されるマジックアイテムの?」
背後から、ニナたちの会話が聞こえる。
「グッハハ! 今更気づいても遅いわ!」
「親父の筋肉に、力の指輪をつければまさに最強!」
「負けるなんてありえねぇ!」
アレハンドロ一家が盛り上がる。
逆に、ニナたちは哀れみの視線を送っていた。
「……相手がリュースケでなければのう」
「力、強そうですもんね……あの大きい人……」
「うむ……」
「何ブツブツ言っていやがる。親父、はじめてもいいですかい」
「おう、合図してくれや」
俺は足の指に力を込めた。
ビキキッ!
足元の石畳にヒビが入る。
「ん? 何の音だ?」
「んなことより、はやくやろうぜ」
「ああ……そんじゃ……」
「始め!」
「ぬぅぅん!」
ミシ……!
アレハンドロの筋肉が、膨れ上がる。
血管がモリモリ浮き出て、その顔が気合いに大きく歪む。
「…………ぬ、ぅ!?」
そして、焦りの声を漏らした。
頑丈そうなテーブルも、ミシミシと軋んでいるが……。
「う、嘘だろ」「親父と……」「互角だと!?」
俺とアレハンドロの握り拳は、初期位置から1ミリも動いていない。
「グ、グッハハ。な、なかなかやるな、小僧」
額から汗の玉を零しながら、アレハンドロが引き攣った笑い声を上げる。
「アンタは、想像以上に弱いな」
「何だと――ぐあぁぁ!」
ギリリリミシ!!
俺は右手を、より強く握り締めた。
「え?」「親父?」「一体何が……」
「っっつ! て、てめぇ! 離せ、畜生!」
「離すか、ボケが」
「くっ! クソッ! このっ!」
ガタタッ!
アレハンドロは椅子から立ち上がり、両手を使って俺を引き離そうとする。
押そうが引こうが、腕も体も、ピクリとも動きはしなかった。
俺の体重は80キロもない。
俺の筋力に関わらず、80キロを片手で持てるなら、俺を持ち上げることはできる。
本来ピクリとも動かないというのは、あり得ない。
しかし。
今俺は、薄い皮の靴越しに、足の指で石畳を掴んでいる。
つまり。
俺の足の指の筋力を上回るか、石畳を持ち上げる力がなければ、俺を動かすことはできないのだった。
「な、何なんだテメェは! ぐああ!」
ビキバキ。
そろそろ、アレハンドロの骨にはヒビが入ったかもしれない。
「ま、待て! オレの負けでいい! だから離してくれ!」
「ハァ? 何言ってんの? 降参なんてルールにないだろ。手の甲がテーブルにつくまで終わらねぇよ。クッククク」
「う、うわあ……邪悪な笑みを……」
「なるほど……。そのために、さっきルールを確認していたのか……」
「さすがはリュースケじゃな!」
ニナ以外、味方もドン引きしていた。
「て、て……て、テメェら! こいつを引き剥がせ!」
「「「「お、おうっ!」」」」
アレハンドロ一家が、俺に掴みかかる。
何人かが俺の指を開こうと試み、体を離そうと引っ張り、首に腕を回して引き剥がそうとした。
「……な、何だコイツ!?」
「う、動かねぇ!?」
「嘘だろ!?」
「何人いると思っていやがる!」
バキバキバキ!
「ぎ、ぎぃああああ!」
アレハンドロの手の骨が、とうとう砕けた。
嫌な感触が手のひらに伝わる。
「や、野郎!」
ひとりの男が、短剣で俺を斬りつける。
ガキン!
ナツメのコテツが、受け止めた。
コテツは折れてしまっているため、刃渡りは20cmほどしか残っていないが、素人の短剣を受け止めるくらいならわけないだろう。
「……大人しく見ていろ。竜輔殿は少々やり過ぎだとは思うが……。勝負を挑んだのはそちらなのだからな」
「く……!」
「があぁあ!! 頼む! 離してくれぇぇ!」
「謝罪は?」
「わ、悪かった! オレが悪かった! すまん! ごめんなさい!」
「ダメだ。許さん」
「ぎゃあああ!!」
びきばきぼき。
大の男が泣きそうな顔で許しを請うている。
うーん……気持ち悪いからそろそろ離そうかな……。
――カツーン――。
耳障りな叫び声の中、その足音は何故か俺たちの耳に響いた。
おそらく、彼女の鮮やかな存在感故に。
「そのくらいで、許してあげて下さらない?」
「「「「げっ!」」」」
その声に、アレハンドロ一家は(親分を放置して)一斉に距離をとった。
「ワタシが仕組んだこととはいえ、さすがに可哀想になってきたわ」
「……おう、美人」
「っ! っぁ……!」
美人の登場に、思わず手を離していた。
アレハンドロが右手に左手を添えて転げ回っているが、もうどうでもいいか。
「アレハンドロも馬鹿ね。こんな辛気臭いところでお酒ばかり飲んで、演劇のひとつも見ない非文化人だから、こんな目に合うのよ?」
「ぐ……。このアマ……!」
真紅の長い髪は、燃え盛る炎。
風に揺られて陽光を反射する様子は、まるで火の粉が飛び散るかのよう。
オレンジの瞳はより熱い炎か。
しかしやや外下がりの目尻は、見る者に優しげな印象も与えるだろう。
赤竜人だ。
そして恐らく、彼女が俺たちの探し人。
想像していたよりも若い。
俺より少し上くらい……18,9といったところだろうか。
竜人だから、よくわからんけれど。
「久しぶりじゃな、マリア」
「ええ。お久しぶりですニナ王女。そしてはじめまして、『黒金の英雄』さん。貴方の血は、何色かしら?」
『薔薇色の』ロサ・マリアは、美しく、妖艶に微笑んだ。
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