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第53話 出港準備と謙虚な勇者
「……」
尻餅をついていたエレメンツィアが、無言でゆっくりと立ち上がる。
顔を蒼ざめさせたまま、ゆらり、ふらりと、倒れ伏すマリアに近づいた。
そしていい笑顔で気を失っているマリアを見下ろすと、おもむろに大鎌を振り上げる。
「ってオイ! ちょ、待て待て!」
がしっ!
「さすがに殺すのはまずいのじゃ!」
がししっ!
「早まるなっ!」「おお、落ち着いて下さいっ!」
がしししっ!
「止めないで下さい。この女だけは、私の手で……ッ!」
瞳から光が消え、鬼気迫るオーラを放つエレメンツィアを、みんなでしがみついて必死に止めた。
「……はっ。そんな馬鹿でも殺されては困ります!」
事態に理解が追いついたベルナさんが介入することで、ようやくエレメンツィアは鎌を納めた。
「……大丈夫か?」
「ぜぇ……ぜぇ……。はい……。お見苦しいところを……」
なんとか正気を取り戻し、顔面蒼白でふらふらとしているエレメンツィアに声を掛けた。
「そ、そんなにマリアさんが苦手なんですか?」
「――(ギロリ)」
「ひぇっ! すみません! ごめんなさい!」
訊ねたラティに向けられたエレメンツィアの目は、酷く据わっている。
怖い。
「……いえ。彼女個人に含みはありません。ただ……同性愛者には、少し……」
エレメンツィアは深く息を吐いて、疲れたように眉間を揉み解す。
「少し?」
ナツメが復唱して首を傾げたところで、倒れ伏すマリアの腕がピクリと動いた。
「!」
カラーン。
同時に、エレメンツィアは姿を消す。
「やれやれ……」
ニナは大鎌に戻ったエレメンツィアを拾い上げ、いつも通りに布で包んだ。
「……うー……効いたわぁ……」
軽く頭を振りながら、マリアが緩慢に上半身を起こす。
「自業自得です。それで、どうでしたか? 彼女――エレメンツィアさんの実力は」
ベルナさんの問いに、マリアは苦笑を浮かべた。
「凄腕よ。過程はどうあれワタシに土を付けたんだから」
「本当にしょうもない過程でしたが……。そういうことなら」
ベルナさんがこちらに向き直る。
「同乗を許可……いえ、依頼させていただきたく思います」
いかが? と問いかけてくるベルナさんに、俺たちが返す言葉は決まっている。
視線で互いの意思を確認し、
「よろしくお願いする」
代表して、ナツメが答えを告げた。
「こちらこそ……あら」
立ち上がりかけたマリアの前に、俺は立つ。
「言いたいことはいろいろある……が、これだけは言わせてもらいたい」
ニナの手にある、布に包まれたエレメンツィアを一瞥してから、マリアの顔を正面から見つめる。
何かを感じとったのか、マリアも真剣な顔で応えた。
「……何かしら?」
ス。
そして不意に目前へ差し出された手のひらに、マリアはオレンジの瞳を丸くした。
「『グッジョブ』」
「……ふ」
がっちり。
俺と、マリアの右手が強く結ばれる。
こうして、俺とマリアは友好を築き――
スパパン!
マリアはベルナさん、俺はニナに、揃って頭を叩かれたのだった。
出航には準備が必要であり、2日程度は時間を貰う、ということで、ニナ姫様ご一行とは一旦別行動となった。
「マリア」
「ん?」
アジトへ出港準備を告げに行く途中、隣を歩くベルナに呼ばれ、顔を向ける。
オウ、ワンダホー。
「……何故胸に視線が向かうのかはともかく……。どうして、彼――リュースケさんの実力を試さなかったのですか」
「深い理由はないけど……」
少し、考える。
アレハンドロとの腕相撲で、力はすでに見ていたから。
それはある。
エレメンツィアちゃんに、(性的な意味で)より興味がいったから。
それもある。
でも、いまいちピンとこない。
もともとはリュースケ君――黒金の男に興味があって接触したんだし……。
「うーん……気が乗らなかったから、かしら」
「気が乗らなかった?」
「厳密に言えば……やりたくなくなった……かな?」
「それはどういう……」
ベルナの追求に、自分自身の深層に問いかける。
――ふむ。
「傭兵の性ね」
そんな言葉が自分の口から出たことに、多少の驚きを感じる。
「……つまり、危険を避けたと? 刹那的快楽主義者である、貴女が?」
「失敬な。ワタシは戦闘狂じゃないもの。適度に楽しめる相手としか、やりたいとは思わないわ」
その点エレメンツィアちゃんも、想像以上に手強かったけどね。
そう考えて、あの集団のレベルの高さに、肩を竦めた。
「マリアをしてそこまで言わしめるとは……やはり噂通りの猛者ですか」
「うーん。強いのは間違いないと思うけれど……」
「けれど?」
「素人だと思うのよね、彼」
「……素人?」
「素人というよりは、一般人、かしら。本来はこちら側の存在じゃないわね」
「では『黒金の男』とは別人だと」
「さあ。どうかしら」
本質は一般人。それは間違いない。
けれど、だからこそ。
それだけじゃないのもまた、間違いがない。
「……しかし危険を感じた、と」
「そんなの勘よ。傭兵の勘」
「というか、貴女は傭兵ではなく騎士では?」
「まあね。でも騎士として戦場に出たことはないし。そのときは勿論、命を惜しむつもりはないけれど」
尤も、ワタシが12竜騎士として戦場に呼ばれるときは、おそらく――。
ま、それももう、遠い未来の話じゃないかもしれないけれど、ね。
リュースケ・ホウリューイン。
本当に彼の力で、揺らがぬはずの魔国が揺れたのならば。
「(時代が、動く)」
「? 今、何と?」
「ふふ。何でもなーい」
ま、ワタシはワタシで、楽しむだけよ。
「しかし準備に2日もかかるとはのう……」
「仕方あるまい。ジパングへ渡るというのはそういうことだ」
「でも、海に出るのは楽しみですね」
一旦マリアたちと別れて、俺たちは再び、『表』の街を歩いていた。
「……」
「リュースケ? 何やら先ほどから黙りこくっておるが、どうしたのじゃ」
「いや……なんか視線を感じるような」
「例の、『黒金の英雄』とかって演劇のせいじゃないんですか?」
周囲を見渡す。
通行人の何人かが、こちらにチラチラと好奇の視線を向けてきている。
「確かに落ち着かないが……いつもの事だろう」
ナツメの言葉に、ニナやラティも頷く。
街中で注目を浴びるのは、劇がなくても一緒だから。
「気にしすぎ、か」
「それよりリュースケ、あれが欲しい」
「はいはい」
ニナに袖を引っ張られ、そのまま怪しげな露天巡りへ。
ナツメとラティも続き、この話題はここで打ち切られた。
さーて。2日間は、暇を潰さないと。
「……行ったか?」
「……ああ」
竜輔達がぶらつく大通りの、とある建物の陰。
若い男が2人、冷や汗を浮かべて息を殺していた。
「……っふー……あっぶねぇ……」
「この馬鹿。だから止めろと言っただろうが。この馬鹿」
「てめ、2回も馬鹿って言ったな。お前もなんだかんだ来てるじゃねぇか」
「お前が馬鹿やらかさないか、心配だったからだ」
「んだとコラ」
軽口を叩きながら、額の汗を拭う。
「……やっぱ直接は無理か」
その言葉に、相方が懐からなにやら紙を取り出して、読み上げた。
「『対象の動向を調査せよ。ただし対象に悟られる恐れがあるため、直接の監視は禁ずる』」
「うるへー。言われなくても覚えてるよ」
「なら忠実に仕事をしろ。『Dランクマスター』」
「その呼び方はやめろ!」
彼らは、ギルド所属の冒険者である。
実力はCランク程度あるのに、些細なヘマのせいでDランクから抜け出せないため、男の片方は皮肉を込めて『Dランクマスター』と呼ばれていた。
相方はCランクである。
「くそ。大人しく足跡だけ追えばいいんだろ……」
「むしろ楽な仕事だ。逸るなよ」
「わあったよ。でも収獲はあったろうが」
「……」
「じょ、冗談だって。もうやらねぇよ」
「ならいい。報告に行くぞ」
「へーい」
中堅どころ冒険者2人組は、『2日後にジパングへ出航するらしい』との情報を携えて、冒険者ギルドへと出頭した。
――そしてその情報は、たまたま訪れていたある男の耳にも、入ることになる。
冒険者ギルド、ポスクェ支部、支部長執務室。
そこでギルドマスターのサンチョは、テーブルを挟んで1人の冒険者と談笑していた。
「たいしたもてなしも出来なくてすまないな」
「いえ、突然来たのはこちらですから。むしろお土産を持ってくるべきでした」
ハハハ、と爽やかに笑う冒険者は、ごく普通の茶系の髪に、そこそこ美形の好青年。
種族は人間だ。
幼さを残す顔立ちから、せいぜい10代後半というところだろう。
執務室の入り口あたりに立てかけられている、中級品と思われる両手剣が彼の武器である。
パッと見、冒険者としては実に平均的な存在だ。
やや目立つ、白い紋様の入った青系の鎧が、特徴と言えば特徴か。
2人は長い付き合いでもあるのか、随分親しげに話している。
「しかしSランクの冒険者、『勇者』オーフェスが訪ねて来たのだから、それなりの歓迎をしなければな」
にやり、と意地悪げに笑いながらサンチョが言うと、オーフェスと呼ばれた青年は照れくさそうに頭の後ろを掻く。
「やめて下さいよサンチョさん。僕なんて他の4人に比べたら大したことないんですから」
そう。この一見普通の青年は、世界に5人しかいないSランク冒険者の1人で、名をオーフェスという。
オーフェスの母が彼を身篭っている時に、『その子はいずれ勇者となるでしょう』と、神っぽい何かに啓示を受けたとかで、10歳で勇者として故郷から送り出された。
その親の期待に彼もよく応え、10歳からの7年間で地道に努力を重ねた結果、つい最近、引退したSランカーと入れ替えでSランク入りを果たしている。
『勇者』の二つ名は、話を聞いて面白がったギルド本部長が無理矢理つけたものである。
とはいえ人格的にも能力的にも、勇者の名に恥じない青年であるのは間違いない。
ただ物凄く謙虚で、目立つのを好まないために、5人の中では最も知名度は低いのだが。
一部では『マイナー勇者』などとも呼ばれていた。
「やれやれ……相変わらず謙虚なヤツだな。で、勇者様がこんな辺境に何の用なんだ?」
「だからやめて下さいって。それにポスクェは十分都会ですよ。僕の故郷のクロナスなんて……いや、まあそれはいいや。ちょっと依頼で近くまで来たもので、挨拶に寄らせてもらいました」
「謙虚なだけでなく律儀なヤツだ。今更こんなおっさんの機嫌をとる必要もないだろう」
そう言いながらも、サンチョは嬉しそうである。
オーフェスが11歳の時に初めて会ってからたびたび面倒を見てきたのだから、息子のようにも思っているのだ。
「そう言わないで下さい。サンチョさんは僕にとって、もう1人の父さんみたいな存在なんですから」
「………………くっ。お前ってヤツは……」
「え? どうかしましたか?」
ちょっと泣きそうになるサンチョ。
勇者オーフェスは天然である。
コンコン。
そんな心温まるやりとりの最中、ノックの音が2人の耳に届く。
「どうした?」
『例の件で、冒険者から報告が上がりました』
サンチョの秘書の声が、扉の向こうから用件を伝えた。
サンチョがオーフェスに目配せし、オーフェスが頷くと、サンチョは入室を促した。
「入れ」
ガチャリ。
「失礼します」
秘書の女性はオーフェスに一礼して、サンチョに報告書を手渡す。
彼女が退室すると、サンチョはオーフェスに一言断りを入れる。
「悪いな。軽く目を通させてもらう」
「お構いなく」
オーフェスの快い返答を聞いて、サンチョは報告書に目を落とした。
そして『Dランクマスター』と呼ばれる冒険者からの報告を読み、ギルドマスターのサンチョは難しい顔をする。
「2日、か」
「何がですかって、聞いてもいいですか?」
「ああ。オーフェスなら構わないだろう」
サンチョはオーフェスに、今ポスクェに『黒金の英雄』と思しき人物が訪れており、さるお方からの依頼で動向を追っていることを説明した。
「へぇー。そうなんですか。僕も会ってみたいけど……依頼もあるし……2日後に出航しちゃうなら、ギリギリ無理かもしれないな」
「お前も興味があるのか?」
「ええ。恋愛とか僕にはまだよくわかりませんけど、恋人のために魔導要塞ヴァルガノスに1人で乗り込むなんて、すごいですよ」
「それが本当ならな」
「きっと真っ直ぐで、正義感溢れる、素晴らしい人物なんでしょうね」
「ぶぇーっくしょいっ!」
「リュースケさん、風邪ですか?」
生まれてこの方風邪って引いたことないから、多分違う。
「美人が噂してるのさ」
「む」
「いや、美人に限らず、今やどこの誰が噂していてもおかしくないと思うが」
「そういやそうだな」
それから2日後の朝。
俺たちは裏町の港の一角を訪れた。
「おお、でかいのう」
「はい。すごいですね」
「うむ。これはなかなか、立派な帆船だな」
泊められた木造の帆船は、想像以上に巨大だった。
この手の船を直接見るのは俺も初めてだ。
まだ積み込みの作業は完了していなかったらしい。
船員たちが船荷を積み込んでいる。
長い板を船体に橋のように架けて、荷物を縄で引っ張り上げている。
「船体が立派なだけに……余計残念だな……」
「……言うな、竜輔殿」
「何だか、目がチカチカします……」
「うはは。派手じゃのう」
残念なのは、帆に描かれたド派手な模様。
真っ黒に染め上げられた下地に、真紅の薔薇がでかでかと描かれている。
薔薇て……。
「海賊ったら、普通ドクロじゃないのか?」
「だってドクロは、美しくないもの」
背後からの声に、振り返る。
「おお。心の友」
「2日ぶりね。心の友」
ガッ。
マリアがいたので、とりあえず握手をした。
「あなた方、いつの間にそんなに仲良くなったのですか?」
呆れ顔のベルナさんも、その背後に控えている。
「まだ、出航はできぬのか?」
「お待たせして申し訳ありません。もうしばらくすれば作業は終わります」
「そうか」
あと15分くらいで出航できるらしい。
ところで、さっきから気になることがひとつ。
「あのー」
「何かしら?」
「船員さんに、女性しか見当たらないんですけど……。もしかして、乗組員は全員女性なんですか?」
どうやら同じ事を気にしていたらしいラティが、質問した。
「ええ。男の子も嫌いじゃないけれど、普段見るのはかわいい女の子のほうが、目の保養になるから」
「そ、そうですか」
冗談を言うでもない、真面目な口調で答えられては、ラティもそれ以上突っ込めなかったらしい。
「船に乗る前に皆さん、これをどうぞ」
そう言ってベルナさんが取り出したのは、小さな布袋。
軽く握ると中には小さくて硬い、石のようなものが入っている。
「これは一体?」
「海静石――お守りのようなものです」
「別に高いものじゃないのよ。船乗りなら誰でも持ってるわ」
ナツメの質問に対して、ベルナさんとマリアが答える。
「いつもそうですが……今回の航海は特に命懸けですからね。まあ気休めですが」
癖なのか、ベルナさんは両手で鞭――じゃない、指揮棒のような魔法の杖をぐにぐにと弄びながら、難しい顔をする。
「やっぱり、クラーケンってやばいの?」
「はっきり言って超ヤバイわね」
マジで。
まあ災害級って言われるくらいだから当然か。
ガルムも『ヤミ』がなきゃ正直どうしようもなかったしなあ……。
「単純な強さもですが、航海中の船上という特殊な状況が、こちらにとっては非常に不利に働きます」
「なんでじゃ?」
「攻撃手段がないのだろう」
ナツメの推測に、ベルナさんが頷く。
「一応銛の射出器や簡易な大砲は積んでいますが、それで簡単に倒せるようなら災害級とは呼ばれないでしょう」
「素直に海面に出てくるとは限らないしねー。船の下にでも陣取られたら、船上からは攻撃のしようがないし」
……確かに。
「その場合どうするんだ?」
「その時のための、リュースケ君じゃない」
にこっ。
マリアが満面の笑みで告げた。
「……え?」
するってーと、それはもしかして。
「……潜れ、と?」
こくり。
マリアが笑顔のまま頷く。
視線をベルナさんのほうに動かした。
こくり。
頷かれる。
「マリア。俺たち絶交しよう」
俺はくるりと踵を返した。
「やーん、いけずな事言わないで」
後ろから抱きつかれる。
変態ちっくなマリアでも、女性特有の柔らかさは変わらない。
だがそれに惑わされて命を捨てるわけには、いかない。
「ええい離せ! そんな恐ろしい真似ができるか!」
「あくまで最後の手段だってば」
「最初だろうと最後だろうと嫌だっ!」
「こらマリア! リュースケはわらわのじゃぞ!」
どぐしっ!。
「ぐふぅっ!」
マリアに固定されているところに、ニナのタックルが鳩尾に炸裂する。
「に、ニナ……今のは効いたぜ……」
「むー!」
ふくれっつらで睨むニナは可愛らしいが……痛い。
「……に、ニナ様……ブハッ……何て愛らしい……っ!」
「鼻血を拭きなさい」
「……うーん……ロリの気は無いつもりだったのだけれど……。ニナ様を見てると芽生えそうになるわ」
鼻血を拭きながら、マリアが危険な発言をかます。
「わらわは大人じゃっ!」
ニナがぷんぷん怒る。
和む。
「では本当に大人かどうか、ワタシめがベッドの上でじっくりと確かめてさしあげましょう……はぁはぁ」
「「すなっ!(ズビシッ!)」」
「あぶふっ!」
ニナににじり寄るマリアを、俺とベルナさんがしばき倒した。
「あの! えっちなのはいけないと思います!」
顔を赤くしてラティが訴え、
「……出航の準備ができたようだが」
呆れたように、ナツメが言った。
尻餅をついていたエレメンツィアが、無言でゆっくりと立ち上がる。
顔を蒼ざめさせたまま、ゆらり、ふらりと、倒れ伏すマリアに近づいた。
そしていい笑顔で気を失っているマリアを見下ろすと、おもむろに大鎌を振り上げる。
「ってオイ! ちょ、待て待て!」
がしっ!
「さすがに殺すのはまずいのじゃ!」
がししっ!
「早まるなっ!」「おお、落ち着いて下さいっ!」
がしししっ!
「止めないで下さい。この女だけは、私の手で……ッ!」
瞳から光が消え、鬼気迫るオーラを放つエレメンツィアを、みんなでしがみついて必死に止めた。
「……はっ。そんな馬鹿でも殺されては困ります!」
事態に理解が追いついたベルナさんが介入することで、ようやくエレメンツィアは鎌を納めた。
「……大丈夫か?」
「ぜぇ……ぜぇ……。はい……。お見苦しいところを……」
なんとか正気を取り戻し、顔面蒼白でふらふらとしているエレメンツィアに声を掛けた。
「そ、そんなにマリアさんが苦手なんですか?」
「――(ギロリ)」
「ひぇっ! すみません! ごめんなさい!」
訊ねたラティに向けられたエレメンツィアの目は、酷く据わっている。
怖い。
「……いえ。彼女個人に含みはありません。ただ……同性愛者には、少し……」
エレメンツィアは深く息を吐いて、疲れたように眉間を揉み解す。
「少し?」
ナツメが復唱して首を傾げたところで、倒れ伏すマリアの腕がピクリと動いた。
「!」
カラーン。
同時に、エレメンツィアは姿を消す。
「やれやれ……」
ニナは大鎌に戻ったエレメンツィアを拾い上げ、いつも通りに布で包んだ。
「……うー……効いたわぁ……」
軽く頭を振りながら、マリアが緩慢に上半身を起こす。
「自業自得です。それで、どうでしたか? 彼女――エレメンツィアさんの実力は」
ベルナさんの問いに、マリアは苦笑を浮かべた。
「凄腕よ。過程はどうあれワタシに土を付けたんだから」
「本当にしょうもない過程でしたが……。そういうことなら」
ベルナさんがこちらに向き直る。
「同乗を許可……いえ、依頼させていただきたく思います」
いかが? と問いかけてくるベルナさんに、俺たちが返す言葉は決まっている。
視線で互いの意思を確認し、
「よろしくお願いする」
代表して、ナツメが答えを告げた。
「こちらこそ……あら」
立ち上がりかけたマリアの前に、俺は立つ。
「言いたいことはいろいろある……が、これだけは言わせてもらいたい」
ニナの手にある、布に包まれたエレメンツィアを一瞥してから、マリアの顔を正面から見つめる。
何かを感じとったのか、マリアも真剣な顔で応えた。
「……何かしら?」
ス。
そして不意に目前へ差し出された手のひらに、マリアはオレンジの瞳を丸くした。
「『グッジョブ』」
「……ふ」
がっちり。
俺と、マリアの右手が強く結ばれる。
こうして、俺とマリアは友好を築き――
スパパン!
マリアはベルナさん、俺はニナに、揃って頭を叩かれたのだった。
出航には準備が必要であり、2日程度は時間を貰う、ということで、ニナ姫様ご一行とは一旦別行動となった。
「マリア」
「ん?」
アジトへ出港準備を告げに行く途中、隣を歩くベルナに呼ばれ、顔を向ける。
オウ、ワンダホー。
「……何故胸に視線が向かうのかはともかく……。どうして、彼――リュースケさんの実力を試さなかったのですか」
「深い理由はないけど……」
少し、考える。
アレハンドロとの腕相撲で、力はすでに見ていたから。
それはある。
エレメンツィアちゃんに、(性的な意味で)より興味がいったから。
それもある。
でも、いまいちピンとこない。
もともとはリュースケ君――黒金の男に興味があって接触したんだし……。
「うーん……気が乗らなかったから、かしら」
「気が乗らなかった?」
「厳密に言えば……やりたくなくなった……かな?」
「それはどういう……」
ベルナの追求に、自分自身の深層に問いかける。
――ふむ。
「傭兵の性ね」
そんな言葉が自分の口から出たことに、多少の驚きを感じる。
「……つまり、危険を避けたと? 刹那的快楽主義者である、貴女が?」
「失敬な。ワタシは戦闘狂じゃないもの。適度に楽しめる相手としか、やりたいとは思わないわ」
その点エレメンツィアちゃんも、想像以上に手強かったけどね。
そう考えて、あの集団のレベルの高さに、肩を竦めた。
「マリアをしてそこまで言わしめるとは……やはり噂通りの猛者ですか」
「うーん。強いのは間違いないと思うけれど……」
「けれど?」
「素人だと思うのよね、彼」
「……素人?」
「素人というよりは、一般人、かしら。本来はこちら側の存在じゃないわね」
「では『黒金の男』とは別人だと」
「さあ。どうかしら」
本質は一般人。それは間違いない。
けれど、だからこそ。
それだけじゃないのもまた、間違いがない。
「……しかし危険を感じた、と」
「そんなの勘よ。傭兵の勘」
「というか、貴女は傭兵ではなく騎士では?」
「まあね。でも騎士として戦場に出たことはないし。そのときは勿論、命を惜しむつもりはないけれど」
尤も、ワタシが12竜騎士として戦場に呼ばれるときは、おそらく――。
ま、それももう、遠い未来の話じゃないかもしれないけれど、ね。
リュースケ・ホウリューイン。
本当に彼の力で、揺らがぬはずの魔国が揺れたのならば。
「(時代が、動く)」
「? 今、何と?」
「ふふ。何でもなーい」
ま、ワタシはワタシで、楽しむだけよ。
「しかし準備に2日もかかるとはのう……」
「仕方あるまい。ジパングへ渡るというのはそういうことだ」
「でも、海に出るのは楽しみですね」
一旦マリアたちと別れて、俺たちは再び、『表』の街を歩いていた。
「……」
「リュースケ? 何やら先ほどから黙りこくっておるが、どうしたのじゃ」
「いや……なんか視線を感じるような」
「例の、『黒金の英雄』とかって演劇のせいじゃないんですか?」
周囲を見渡す。
通行人の何人かが、こちらにチラチラと好奇の視線を向けてきている。
「確かに落ち着かないが……いつもの事だろう」
ナツメの言葉に、ニナやラティも頷く。
街中で注目を浴びるのは、劇がなくても一緒だから。
「気にしすぎ、か」
「それよりリュースケ、あれが欲しい」
「はいはい」
ニナに袖を引っ張られ、そのまま怪しげな露天巡りへ。
ナツメとラティも続き、この話題はここで打ち切られた。
さーて。2日間は、暇を潰さないと。
「……行ったか?」
「……ああ」
竜輔達がぶらつく大通りの、とある建物の陰。
若い男が2人、冷や汗を浮かべて息を殺していた。
「……っふー……あっぶねぇ……」
「この馬鹿。だから止めろと言っただろうが。この馬鹿」
「てめ、2回も馬鹿って言ったな。お前もなんだかんだ来てるじゃねぇか」
「お前が馬鹿やらかさないか、心配だったからだ」
「んだとコラ」
軽口を叩きながら、額の汗を拭う。
「……やっぱ直接は無理か」
その言葉に、相方が懐からなにやら紙を取り出して、読み上げた。
「『対象の動向を調査せよ。ただし対象に悟られる恐れがあるため、直接の監視は禁ずる』」
「うるへー。言われなくても覚えてるよ」
「なら忠実に仕事をしろ。『Dランクマスター』」
「その呼び方はやめろ!」
彼らは、ギルド所属の冒険者である。
実力はCランク程度あるのに、些細なヘマのせいでDランクから抜け出せないため、男の片方は皮肉を込めて『Dランクマスター』と呼ばれていた。
相方はCランクである。
「くそ。大人しく足跡だけ追えばいいんだろ……」
「むしろ楽な仕事だ。逸るなよ」
「わあったよ。でも収獲はあったろうが」
「……」
「じょ、冗談だって。もうやらねぇよ」
「ならいい。報告に行くぞ」
「へーい」
中堅どころ冒険者2人組は、『2日後にジパングへ出航するらしい』との情報を携えて、冒険者ギルドへと出頭した。
――そしてその情報は、たまたま訪れていたある男の耳にも、入ることになる。
冒険者ギルド、ポスクェ支部、支部長執務室。
そこでギルドマスターのサンチョは、テーブルを挟んで1人の冒険者と談笑していた。
「たいしたもてなしも出来なくてすまないな」
「いえ、突然来たのはこちらですから。むしろお土産を持ってくるべきでした」
ハハハ、と爽やかに笑う冒険者は、ごく普通の茶系の髪に、そこそこ美形の好青年。
種族は人間だ。
幼さを残す顔立ちから、せいぜい10代後半というところだろう。
執務室の入り口あたりに立てかけられている、中級品と思われる両手剣が彼の武器である。
パッと見、冒険者としては実に平均的な存在だ。
やや目立つ、白い紋様の入った青系の鎧が、特徴と言えば特徴か。
2人は長い付き合いでもあるのか、随分親しげに話している。
「しかしSランクの冒険者、『勇者』オーフェスが訪ねて来たのだから、それなりの歓迎をしなければな」
にやり、と意地悪げに笑いながらサンチョが言うと、オーフェスと呼ばれた青年は照れくさそうに頭の後ろを掻く。
「やめて下さいよサンチョさん。僕なんて他の4人に比べたら大したことないんですから」
そう。この一見普通の青年は、世界に5人しかいないSランク冒険者の1人で、名をオーフェスという。
オーフェスの母が彼を身篭っている時に、『その子はいずれ勇者となるでしょう』と、神っぽい何かに啓示を受けたとかで、10歳で勇者として故郷から送り出された。
その親の期待に彼もよく応え、10歳からの7年間で地道に努力を重ねた結果、つい最近、引退したSランカーと入れ替えでSランク入りを果たしている。
『勇者』の二つ名は、話を聞いて面白がったギルド本部長が無理矢理つけたものである。
とはいえ人格的にも能力的にも、勇者の名に恥じない青年であるのは間違いない。
ただ物凄く謙虚で、目立つのを好まないために、5人の中では最も知名度は低いのだが。
一部では『マイナー勇者』などとも呼ばれていた。
「やれやれ……相変わらず謙虚なヤツだな。で、勇者様がこんな辺境に何の用なんだ?」
「だからやめて下さいって。それにポスクェは十分都会ですよ。僕の故郷のクロナスなんて……いや、まあそれはいいや。ちょっと依頼で近くまで来たもので、挨拶に寄らせてもらいました」
「謙虚なだけでなく律儀なヤツだ。今更こんなおっさんの機嫌をとる必要もないだろう」
そう言いながらも、サンチョは嬉しそうである。
オーフェスが11歳の時に初めて会ってからたびたび面倒を見てきたのだから、息子のようにも思っているのだ。
「そう言わないで下さい。サンチョさんは僕にとって、もう1人の父さんみたいな存在なんですから」
「………………くっ。お前ってヤツは……」
「え? どうかしましたか?」
ちょっと泣きそうになるサンチョ。
勇者オーフェスは天然である。
コンコン。
そんな心温まるやりとりの最中、ノックの音が2人の耳に届く。
「どうした?」
『例の件で、冒険者から報告が上がりました』
サンチョの秘書の声が、扉の向こうから用件を伝えた。
サンチョがオーフェスに目配せし、オーフェスが頷くと、サンチョは入室を促した。
「入れ」
ガチャリ。
「失礼します」
秘書の女性はオーフェスに一礼して、サンチョに報告書を手渡す。
彼女が退室すると、サンチョはオーフェスに一言断りを入れる。
「悪いな。軽く目を通させてもらう」
「お構いなく」
オーフェスの快い返答を聞いて、サンチョは報告書に目を落とした。
そして『Dランクマスター』と呼ばれる冒険者からの報告を読み、ギルドマスターのサンチョは難しい顔をする。
「2日、か」
「何がですかって、聞いてもいいですか?」
「ああ。オーフェスなら構わないだろう」
サンチョはオーフェスに、今ポスクェに『黒金の英雄』と思しき人物が訪れており、さるお方からの依頼で動向を追っていることを説明した。
「へぇー。そうなんですか。僕も会ってみたいけど……依頼もあるし……2日後に出航しちゃうなら、ギリギリ無理かもしれないな」
「お前も興味があるのか?」
「ええ。恋愛とか僕にはまだよくわかりませんけど、恋人のために魔導要塞ヴァルガノスに1人で乗り込むなんて、すごいですよ」
「それが本当ならな」
「きっと真っ直ぐで、正義感溢れる、素晴らしい人物なんでしょうね」
「ぶぇーっくしょいっ!」
「リュースケさん、風邪ですか?」
生まれてこの方風邪って引いたことないから、多分違う。
「美人が噂してるのさ」
「む」
「いや、美人に限らず、今やどこの誰が噂していてもおかしくないと思うが」
「そういやそうだな」
それから2日後の朝。
俺たちは裏町の港の一角を訪れた。
「おお、でかいのう」
「はい。すごいですね」
「うむ。これはなかなか、立派な帆船だな」
泊められた木造の帆船は、想像以上に巨大だった。
この手の船を直接見るのは俺も初めてだ。
まだ積み込みの作業は完了していなかったらしい。
船員たちが船荷を積み込んでいる。
長い板を船体に橋のように架けて、荷物を縄で引っ張り上げている。
「船体が立派なだけに……余計残念だな……」
「……言うな、竜輔殿」
「何だか、目がチカチカします……」
「うはは。派手じゃのう」
残念なのは、帆に描かれたド派手な模様。
真っ黒に染め上げられた下地に、真紅の薔薇がでかでかと描かれている。
薔薇て……。
「海賊ったら、普通ドクロじゃないのか?」
「だってドクロは、美しくないもの」
背後からの声に、振り返る。
「おお。心の友」
「2日ぶりね。心の友」
ガッ。
マリアがいたので、とりあえず握手をした。
「あなた方、いつの間にそんなに仲良くなったのですか?」
呆れ顔のベルナさんも、その背後に控えている。
「まだ、出航はできぬのか?」
「お待たせして申し訳ありません。もうしばらくすれば作業は終わります」
「そうか」
あと15分くらいで出航できるらしい。
ところで、さっきから気になることがひとつ。
「あのー」
「何かしら?」
「船員さんに、女性しか見当たらないんですけど……。もしかして、乗組員は全員女性なんですか?」
どうやら同じ事を気にしていたらしいラティが、質問した。
「ええ。男の子も嫌いじゃないけれど、普段見るのはかわいい女の子のほうが、目の保養になるから」
「そ、そうですか」
冗談を言うでもない、真面目な口調で答えられては、ラティもそれ以上突っ込めなかったらしい。
「船に乗る前に皆さん、これをどうぞ」
そう言ってベルナさんが取り出したのは、小さな布袋。
軽く握ると中には小さくて硬い、石のようなものが入っている。
「これは一体?」
「海静石――お守りのようなものです」
「別に高いものじゃないのよ。船乗りなら誰でも持ってるわ」
ナツメの質問に対して、ベルナさんとマリアが答える。
「いつもそうですが……今回の航海は特に命懸けですからね。まあ気休めですが」
癖なのか、ベルナさんは両手で鞭――じゃない、指揮棒のような魔法の杖をぐにぐにと弄びながら、難しい顔をする。
「やっぱり、クラーケンってやばいの?」
「はっきり言って超ヤバイわね」
マジで。
まあ災害級って言われるくらいだから当然か。
ガルムも『ヤミ』がなきゃ正直どうしようもなかったしなあ……。
「単純な強さもですが、航海中の船上という特殊な状況が、こちらにとっては非常に不利に働きます」
「なんでじゃ?」
「攻撃手段がないのだろう」
ナツメの推測に、ベルナさんが頷く。
「一応銛の射出器や簡易な大砲は積んでいますが、それで簡単に倒せるようなら災害級とは呼ばれないでしょう」
「素直に海面に出てくるとは限らないしねー。船の下にでも陣取られたら、船上からは攻撃のしようがないし」
……確かに。
「その場合どうするんだ?」
「その時のための、リュースケ君じゃない」
にこっ。
マリアが満面の笑みで告げた。
「……え?」
するってーと、それはもしかして。
「……潜れ、と?」
こくり。
マリアが笑顔のまま頷く。
視線をベルナさんのほうに動かした。
こくり。
頷かれる。
「マリア。俺たち絶交しよう」
俺はくるりと踵を返した。
「やーん、いけずな事言わないで」
後ろから抱きつかれる。
変態ちっくなマリアでも、女性特有の柔らかさは変わらない。
だがそれに惑わされて命を捨てるわけには、いかない。
「ええい離せ! そんな恐ろしい真似ができるか!」
「あくまで最後の手段だってば」
「最初だろうと最後だろうと嫌だっ!」
「こらマリア! リュースケはわらわのじゃぞ!」
どぐしっ!。
「ぐふぅっ!」
マリアに固定されているところに、ニナのタックルが鳩尾に炸裂する。
「に、ニナ……今のは効いたぜ……」
「むー!」
ふくれっつらで睨むニナは可愛らしいが……痛い。
「……に、ニナ様……ブハッ……何て愛らしい……っ!」
「鼻血を拭きなさい」
「……うーん……ロリの気は無いつもりだったのだけれど……。ニナ様を見てると芽生えそうになるわ」
鼻血を拭きながら、マリアが危険な発言をかます。
「わらわは大人じゃっ!」
ニナがぷんぷん怒る。
和む。
「では本当に大人かどうか、ワタシめがベッドの上でじっくりと確かめてさしあげましょう……はぁはぁ」
「「すなっ!(ズビシッ!)」」
「あぶふっ!」
ニナににじり寄るマリアを、俺とベルナさんがしばき倒した。
「あの! えっちなのはいけないと思います!」
顔を赤くしてラティが訴え、
「……出航の準備ができたようだが」
呆れたように、ナツメが言った。
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