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第54話 勇者と英雄
船に乗り込むと、甲板に立ったマリアが声を張り上げる。
「さあ、出すわよ! 錨を上げなさい!」
「「「「「はーい」」」」」
船員たちの威勢のいい(?)返答に、マリアが満足気に頷いた。
というか「はーい」って……いいのかそれで。
「じゃ、ベル、後の指示よろしく」
丸投げした。
「……了解」
嘆息しながら、ベルナさんは船員たちに指示を始める。
「見事なぐだぐだっぷりだな」
「いいのよ。海軍じゃないんだから。それより」
マリアの瞳がキラリと光る。
「部屋割りを決めましょう。まずラティちゃんは船長室に泊めたげる。で……」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
サラリと流そうとするマリアを、慌ててラティが遮った。
「どうして私とマリアさんが同室なんですかっ!?」
「いいでしょ別に? 同性同士なんだから。うふふふ」
「その笑いが信用できませんっ! 皆さんも何とか言って下さい!」
話を振られて、うちの面子が意見を述べる。
「わらわはリュースケと一緒なら何でもよい」
「……ふむ。乗せてもらう立場上、部屋割りについては強くは意見できんな」
「ええっ!?」
まさかのナツメすら味方にできず、ラティは最後の砦とばかりにこちらへ視線を向けてきた。
俺は頷く。
「よろし」
「よろし、じゃありませんよっ!」
「じゃー航海の予定だけど」
「話を進めないで下さい!」
「……部屋は1人1部屋ありますので、ご心配なく」
戻ってきたベルナさんの言葉に、ラティはがくりと脱力した。
港湾都市ポスクェの港から出た大型帆船『マリア号』は、広げた帆に強く風を受けて、東に向かって前進した。
「サンチョさん! ……あれ?」
そろそろお馴染みの冒険者ギルドのポスクェ支部。
支部長執務室の扉を開いた『勇者』オーフェスは、目的の人物ではなく彼の秘書と目を合わせた。
「これはオーフェス様」
「あ、どうも。サンチョさん、いないんですか?」
「支部長なら今は応接室で――」
「応接室ですね。ありがとうございます」
「あ、ちょっと待っ――」
秘書の引き止めも耳に入らないのか、オーフェスは風のように応接室へ向かっていった。
いつもはもう少し落ち着いた若者なのだが、今日は気が急いているようだ。
「……大丈夫かしら」
「サンチョさん!」
声と共に応接室へ駆け込んだオーフェスは、驚くサンチョにずずいと詰め寄る。
「彼の船はもう出てしまいましたか!?」
「あ、ああ。数時間前にな」
「…………はぁー。そうですか」
オーフェスはがっくりと肩を落とす。
依頼を終えて全速力で戻ってきたのだが、一歩及ばず間に合わなかったようだ。
「会ってみたかったんだけどなあ」
「そうか。それは残念だったな。ところで、我を無視するとはいい度胸じゃないか、オーフェス」
「え」
慌てていたオーフェスは、応接室のテーブルを挟んでサンチョと向かい合う人物に声を掛けられて、ようやくその存在に気がついた。
若い女性の声だ。
ローブのフードで顔を隠しているが、一瞬だけそれを持ち上げてオーフェスに素顔を見せる。
「あれっ。オーレリアさんじゃないですか。こんにちは。なんでここに?」
「うむ。そしてそれはこちらのセリフだ」
ギルド支部長と『勇者』オーフェスを前に、女性は傲岸な態度を崩さない。
しかしそれは嫌味を感じさせるものではなく、むしろとるべき人がとるべき態度をとっているようにしか思えなかった。
「僕はたまたまですよ。オーレリアさんは……あっ。もしかして『黒金の英雄』を探してる人って……?」
「ほう、察しがいいな。いかにも。我がリュースケ・ホウリューインの捜索を依頼したのだ」
「へぇ、リュースケさんって言うんですか。あ、でも彼、ジパングに出航しちゃったみたいですよ」
「わかっている。これから後を追うところだ」
「えっ。追うんですか? スレイプニールで?」
「うむ」
「ええー! いいなー!」
「任務だからいいも悪いもないが、そこまで言うなら乗せていってやらんでもないぞ」
「本当ですかっ? やったー! ありがとうございます!」
「(クラーケンが出たらこいつに狩らせよう)ではすぐに出るぞ」
「はい! それじゃサンチョさん、また来ますね」
オーフェスを引き連れて、ローブの女性は応接室を後にした。
完全に取り残されたサンチョは苦笑いを浮かべる。
テーブルに出されたもてなし用の高い紅茶をぐいと飲み干した。
そしてふと気づく。
「……もし追いついたら、Sランカーが一箇所に3人も集まることになるな」
加えて『黒金の英雄』も。
とは言っても海の上での話だし、だからどうだということもないのだが。
「……わしもスレイプニール乗ってみたいな」
などと年甲斐もなく呟きながら、サンチョは秘書を呼び出してお茶を片付けさせるのだった。
出航から無事に一夜明けて。
――ドタバタと深夜にラティの部屋でひと悶着あったような気がしたが、とにかく無事に一夜明けて。
快晴……とは言えない薄曇りの空の下でしかし、航海は順調に行われていた。
轟々と風を受けて、黒い帆を支えるマストが軋む。
逆風を受け始めたため、目的地に向かって斜めに蛇行しながら、船はゆっくりと進んでいた。
「のう、ナツメ」
「ん? 何だニナ殿」
甲板の手すりにもたれかかり、どこまでも広がる海を4人で眺めていると、隣でニナがナツメに声を掛けていた。
「この船は逆風なのにどうやって進んでおるんじゃ?」
「…………そ、それは…………不思議な力でだ」
「なるほど不思議な力でか」
うんうんと頷くニナ。
何でも素直に信じてはいけません。
「滅茶苦茶言うな」
ビシ。
「うぐ」
珍しく俺が、ナツメの頭にチョップでつっこみを入れた。
「リュースケさんはわかるんですか?」
「あー、まあ詳しいことはわからないけど……」
ラティに問われ、記憶を掘り返す。
「風に対して船を斜めにすると、帆が横風を受けて横に進む力が得られるだろ? でもそれで後ろに流されちゃしょうがないから、竜骨っていう船底の太い部品と舵で船体を支えて、前への推進力に変える。で、舵で向きを調整しながらジグザグに進むって感じかな。わかったか?」
「…………う、うむ。竜が偉大だということはわかったぞ」
「そうかそうか」
こいつ絶対何もわかってねぇな。
「なかなか船に詳しいじゃない」
相変わらず唐突に登場するマリア。
後ろからの声に、たまたまね、とだけ答えておく。
「どうかしら、『マリア号』は」
「まあまあじゃな」
「揺れの少ない、いい船だ。拙者がミッドガルドに渡る時に乗った船とは、まったく違うな」
「はい。船って初めて乗りましたけど、感動しました」
「船の名前と帆のデザイン以外はいいと思う」
「そう。よかった」
本当に堪えないなこの人。
「ところで例の、クラーケンが出没する海域まであとどのくらいだろうか」
「事前情報だとあと2日くらい進んだところなんだけど……あまりあてにならないから、一応常に警戒はしておいて」
「承知した」
「ちなみに、絶対海には飛び込まないからな」
「またまたー」
「またまた、じゃないっての……」
巨大な頭足類が潜む海に飛び込む。
どう考えても怖すぎるだろ……。
しかし攻撃手段がないのも事実。
「オーフェス君がいればねぇ」
マリアが知らない名前を挙げる。
「誰じゃ、それは」
「オーフェス、オーフェス……うーむどこかで聞いた名だが……」
またかナツメ。
いや、知っているだけすごいのかもしらんけど。
「アッハハ。ま、オーフェス君の知名度はそんなものよね。魔物に対しては絶対的な優位性を持ってるんだけどね、彼」
そんなやりとりを尻目に、ラティが空を見上げていた。
「どうした?」
「いえ、海には変わったカタチの鳥がいるんだな、と思いまして」
「どこだ?」
「あそこです」
ラティが指差す方向。
ほとんど真上と言える空を、全員で見上げる。
「……あれか」
やはりラティは目がいい。
雲の切れ間に、ほとんど黒い点にしか見えない鳥がいる。
よく見れば、確かにちょっと変な形だ。
「……変ね」
「ですよね」
「いえ、そうじゃなくて。この辺りにあんなに高く飛ぶ鳥なんていたかしら」
首を傾げるマリアの言葉に、俺はじっと目を凝らす。
点にしか見えなかった鳥は、徐々に高度を落としているようだ。
次第にはっきりとした形がわかってくる。
「……船?」
俺の呟きに、ニナがビクリと反応した。
「い、今何と言った?」
「いや何か……船みたいなカタチだな、と」
「んー。そう言われてみれば……。リュースケさん、よく見えますね」
「目はいいんだ」
「しかし船のような鳥とは一体?」
「と、取り舵いっぱい! よーそろー!!」
皆で疑問符を浮かべていると、ニナが突然大声を張り上げた。
「ニナ様。よーそろー、ではありません。勝手に進路を変えないでいただけます?」
「ばかっ、マリア! 何故わからんのだ! 空飛ぶ船じゃぞ、空飛ぶ船!」
言われ、マリアが顎に人差し指をあてて考え込んだ。
「あ。高速飛空船スレイプニール」
「やっと気づいたか! さあ逃げるのじゃ。今すぐ!」
「ニナ様。それは不可能ですわ。船は急には曲がれませんし、加速もできませんから。スレイプニール以外は」
どこか諦観を漂わせた苦笑と共に、ふう、と息を吐き出した。
ゴウン、ゴウン。
『その船』が完全に『船』だと見えるほど近づいた頃には、船とは思えない異質な機械音が鼓膜を震わせた。
「え……ええー? ……これって……」
「……面妖な」
「船が、飛んでるな……」
知っているらしいニナとマリア以外の3人は、俺も含めて茫然とソレを見上げていた。
「……高速飛空船スレイプニール。ミッドガルドで唯一の、空飛ぶ船じゃ」
何故か警戒心を露にしながら、ニナが船について説明した。
うーんファンタジー……。
ゴウン、ゴウン。
スレイプニールは少し進路をずらして『マリア号』と併走するような位置をとる。
真横から見るとその船は3本のマストに帆が張られた、マリア号と比べても遜色のない、立派な『帆船』だ。
「着水!!」
ザァァァァ!
よく通る若い女性の声がスレイプニールから轟くと、飛空船は大きな水音を立てて海へと着水した。
舞い上がった水が霧を作り、僅かな間だけ2船の間にカーテンを引く。
「い、今のは声はやはり……」
「間違ありませんわね」
ニナとマリアがこそこそ話す。
霧が、晴れる。
マリア号の甲板から竜輔たちが見ているように、スレイプニールの甲板からも2対の視線が向けられていた。
正確にいえば、その背後に鎧を着込んだ兵士と思しき人影が黙然と整列しているが、マリア号側を注視しているのは2人だった。
1人はローブを着てフードを目深にかぶった人物。
ガントレットが垣間見える左手には三つ叉の槍を掲げ持っており、槍は黒い金属の光沢を放っている。
もう1人は白い紋様の走る青い鎧を着込んだ青年――『勇者』オーフェス。
オーフェスは腰に大きな剣をぶら下げた冒険者風の人間で、爽やかな笑顔を浮かべていた。
先ほどの声は、ローブの人物だろうか。
と、竜輔たちが視線をそちらに向けると、その人物は自らのローブを鷲掴みにして、バサリと一気に取り払う。
「おお?」「えっ!」「なんと」
あまりに見覚えのある顔に、竜輔、ラティ、ナツメの3人は素っ頓狂な声を上げる。
腰まで伸びるサラサラした白金の髪を、鬱陶しげにバサリとかきあげたその女性。
白竜人特有の黄金の瞳が竜輔たちをじろりと睥睨する。
白竜城の精兵たちを従えて、王者の貫禄を見せ付けた。
「げぇ! やっぱり姉上!」
「やっほー、オーレリアちゃんお久しぶり。って何でオーフェス君が?」
「げぇ、とはご挨拶だなニナ。それにマリア。ちゃんはやめろと言っているだろう。しかもまだ海賊ごっこを続けているのか、お前は」
「こんにちは。お久しぶりですマリアさん」
ニナよりは成長し、しかしエルザ王妃ほどには成熟されていない肉体。
マリアや竜輔と、同年代だと思われる。
スラリと伸びた手足を白を基調とした鎧で覆い、槍を掲げたその姿から連想される単語は――戦乙女。
彼女の瞳が、竜輔を捕らえる。
「貴様がリュースケか。我が名はオーレリア・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイ。白竜城の第2王女だ。見知りおけ」
あくまで上から目線を貫き通し、彼女は堂々と名乗りを上げた。
「あ、僕はオーフェスと言います。よろしくお願いします」
その後、にこやかに普通の自己紹介をする彼もまた、大物に違いない。
一人ひとりに頭を下げるオーフェスの視線が、ニナのところでピタリと固定された。
「?」
首を傾げるニナ。
オーフェスの体に、感電したような衝撃が走る。
「……可憐だ」
「な、ナヌ?」
いきなり褒められて、ニナが喜ぶというよりはたじろぐ。
「うふ。リュースケ君、ライバル登場ね」
「はいはい、そーね」
オーフェスのそれを聞きとがめ、オーレリアが少し不機嫌そうな顔をする。
「我とそう変わらん顔だと思うが。何故我のときと反応が違うのだ」
「え? 全然違いますよ。もう全然違いますね」
「何故2回言った」
オーレリアの額に青筋が立つ。
「(……これはひどい)」
「(女として、立つ瀬がないですよね……)」
「(アハハ。オーレリアちゃんかわいそうー)」
ナツメ、ラティ、マリアが身を寄せ合ってひそひそと話し、オーレリアに憐憫の眼差しを向けていた。
マリアは面白がっている節があるが。
「(オーレリア様とニナ様か……)」
「(顔はそっくりだけど、何故か昔からモテるのはニナ様なんだよな)」
「(だってオーレリア様怖いもん)」
さらには背後の兵士達もこっそり内緒話。
オーレリアの額の青筋が増える。
だが別に彼女はオーフェスに恋慕を抱いているわけでもなんでもない。
女として悔しくはあったが、状況をわきまえて怒りを呑み込む。
「……まあよいわ。だが残念ながら、ニナはそこにいるリュースケと婚約している」
「なるほど! 彼女のためなら命を惜しまないのもわかりますね」
特に嫉妬のような感情は見せず、オーフェスはうんうんと頷いた。
「そ、そうか? まあそうじゃろうな。わらわは姉上と違って可憐な美少女じゃからな。ふはっはっは!」
「ニナ、貴様……」
調子にのったニナが、オーレリアの怒りの炎に油を注いでいた。
「そちらの髪の黒い方がリュースケさんですか」
「ああ。俺が竜輔だ」
そしてオーフェスとリュースケ。
2人の視線が――交錯する。
「「 !!! 」」
――ゾク!
その瞬間、2人は互いに言い知れない感情を抱いた。
ニナを巡る恋敵への嫉妬?
否。
あるいはそれも無関係ではないかもしれないが、最も重要なことではない。
魂が燃え上がるような――それはもっと根源的な対抗心。
運命とか遺伝子とか、そういったくびきからも一切合切乖離された、存在としてのライバル意識。
言葉に言い表すことは難しいが、2人が考えたことはほぼ同一。
(なんだかこの人とは)
(なんだかコイツとは)
((いずれ白黒つけなければいけない気がする))
――そう。
何故かは分からないが、今2人は猛烈に『闘志』を掻き立てられていた。
『英雄』リュースケ。
『勇者』オーフェス。
これが2人の、一番初めの出会いであった。
「さあ、出すわよ! 錨を上げなさい!」
「「「「「はーい」」」」」
船員たちの威勢のいい(?)返答に、マリアが満足気に頷いた。
というか「はーい」って……いいのかそれで。
「じゃ、ベル、後の指示よろしく」
丸投げした。
「……了解」
嘆息しながら、ベルナさんは船員たちに指示を始める。
「見事なぐだぐだっぷりだな」
「いいのよ。海軍じゃないんだから。それより」
マリアの瞳がキラリと光る。
「部屋割りを決めましょう。まずラティちゃんは船長室に泊めたげる。で……」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
サラリと流そうとするマリアを、慌ててラティが遮った。
「どうして私とマリアさんが同室なんですかっ!?」
「いいでしょ別に? 同性同士なんだから。うふふふ」
「その笑いが信用できませんっ! 皆さんも何とか言って下さい!」
話を振られて、うちの面子が意見を述べる。
「わらわはリュースケと一緒なら何でもよい」
「……ふむ。乗せてもらう立場上、部屋割りについては強くは意見できんな」
「ええっ!?」
まさかのナツメすら味方にできず、ラティは最後の砦とばかりにこちらへ視線を向けてきた。
俺は頷く。
「よろし」
「よろし、じゃありませんよっ!」
「じゃー航海の予定だけど」
「話を進めないで下さい!」
「……部屋は1人1部屋ありますので、ご心配なく」
戻ってきたベルナさんの言葉に、ラティはがくりと脱力した。
港湾都市ポスクェの港から出た大型帆船『マリア号』は、広げた帆に強く風を受けて、東に向かって前進した。
「サンチョさん! ……あれ?」
そろそろお馴染みの冒険者ギルドのポスクェ支部。
支部長執務室の扉を開いた『勇者』オーフェスは、目的の人物ではなく彼の秘書と目を合わせた。
「これはオーフェス様」
「あ、どうも。サンチョさん、いないんですか?」
「支部長なら今は応接室で――」
「応接室ですね。ありがとうございます」
「あ、ちょっと待っ――」
秘書の引き止めも耳に入らないのか、オーフェスは風のように応接室へ向かっていった。
いつもはもう少し落ち着いた若者なのだが、今日は気が急いているようだ。
「……大丈夫かしら」
「サンチョさん!」
声と共に応接室へ駆け込んだオーフェスは、驚くサンチョにずずいと詰め寄る。
「彼の船はもう出てしまいましたか!?」
「あ、ああ。数時間前にな」
「…………はぁー。そうですか」
オーフェスはがっくりと肩を落とす。
依頼を終えて全速力で戻ってきたのだが、一歩及ばず間に合わなかったようだ。
「会ってみたかったんだけどなあ」
「そうか。それは残念だったな。ところで、我を無視するとはいい度胸じゃないか、オーフェス」
「え」
慌てていたオーフェスは、応接室のテーブルを挟んでサンチョと向かい合う人物に声を掛けられて、ようやくその存在に気がついた。
若い女性の声だ。
ローブのフードで顔を隠しているが、一瞬だけそれを持ち上げてオーフェスに素顔を見せる。
「あれっ。オーレリアさんじゃないですか。こんにちは。なんでここに?」
「うむ。そしてそれはこちらのセリフだ」
ギルド支部長と『勇者』オーフェスを前に、女性は傲岸な態度を崩さない。
しかしそれは嫌味を感じさせるものではなく、むしろとるべき人がとるべき態度をとっているようにしか思えなかった。
「僕はたまたまですよ。オーレリアさんは……あっ。もしかして『黒金の英雄』を探してる人って……?」
「ほう、察しがいいな。いかにも。我がリュースケ・ホウリューインの捜索を依頼したのだ」
「へぇ、リュースケさんって言うんですか。あ、でも彼、ジパングに出航しちゃったみたいですよ」
「わかっている。これから後を追うところだ」
「えっ。追うんですか? スレイプニールで?」
「うむ」
「ええー! いいなー!」
「任務だからいいも悪いもないが、そこまで言うなら乗せていってやらんでもないぞ」
「本当ですかっ? やったー! ありがとうございます!」
「(クラーケンが出たらこいつに狩らせよう)ではすぐに出るぞ」
「はい! それじゃサンチョさん、また来ますね」
オーフェスを引き連れて、ローブの女性は応接室を後にした。
完全に取り残されたサンチョは苦笑いを浮かべる。
テーブルに出されたもてなし用の高い紅茶をぐいと飲み干した。
そしてふと気づく。
「……もし追いついたら、Sランカーが一箇所に3人も集まることになるな」
加えて『黒金の英雄』も。
とは言っても海の上での話だし、だからどうだということもないのだが。
「……わしもスレイプニール乗ってみたいな」
などと年甲斐もなく呟きながら、サンチョは秘書を呼び出してお茶を片付けさせるのだった。
出航から無事に一夜明けて。
――ドタバタと深夜にラティの部屋でひと悶着あったような気がしたが、とにかく無事に一夜明けて。
快晴……とは言えない薄曇りの空の下でしかし、航海は順調に行われていた。
轟々と風を受けて、黒い帆を支えるマストが軋む。
逆風を受け始めたため、目的地に向かって斜めに蛇行しながら、船はゆっくりと進んでいた。
「のう、ナツメ」
「ん? 何だニナ殿」
甲板の手すりにもたれかかり、どこまでも広がる海を4人で眺めていると、隣でニナがナツメに声を掛けていた。
「この船は逆風なのにどうやって進んでおるんじゃ?」
「…………そ、それは…………不思議な力でだ」
「なるほど不思議な力でか」
うんうんと頷くニナ。
何でも素直に信じてはいけません。
「滅茶苦茶言うな」
ビシ。
「うぐ」
珍しく俺が、ナツメの頭にチョップでつっこみを入れた。
「リュースケさんはわかるんですか?」
「あー、まあ詳しいことはわからないけど……」
ラティに問われ、記憶を掘り返す。
「風に対して船を斜めにすると、帆が横風を受けて横に進む力が得られるだろ? でもそれで後ろに流されちゃしょうがないから、竜骨っていう船底の太い部品と舵で船体を支えて、前への推進力に変える。で、舵で向きを調整しながらジグザグに進むって感じかな。わかったか?」
「…………う、うむ。竜が偉大だということはわかったぞ」
「そうかそうか」
こいつ絶対何もわかってねぇな。
「なかなか船に詳しいじゃない」
相変わらず唐突に登場するマリア。
後ろからの声に、たまたまね、とだけ答えておく。
「どうかしら、『マリア号』は」
「まあまあじゃな」
「揺れの少ない、いい船だ。拙者がミッドガルドに渡る時に乗った船とは、まったく違うな」
「はい。船って初めて乗りましたけど、感動しました」
「船の名前と帆のデザイン以外はいいと思う」
「そう。よかった」
本当に堪えないなこの人。
「ところで例の、クラーケンが出没する海域まであとどのくらいだろうか」
「事前情報だとあと2日くらい進んだところなんだけど……あまりあてにならないから、一応常に警戒はしておいて」
「承知した」
「ちなみに、絶対海には飛び込まないからな」
「またまたー」
「またまた、じゃないっての……」
巨大な頭足類が潜む海に飛び込む。
どう考えても怖すぎるだろ……。
しかし攻撃手段がないのも事実。
「オーフェス君がいればねぇ」
マリアが知らない名前を挙げる。
「誰じゃ、それは」
「オーフェス、オーフェス……うーむどこかで聞いた名だが……」
またかナツメ。
いや、知っているだけすごいのかもしらんけど。
「アッハハ。ま、オーフェス君の知名度はそんなものよね。魔物に対しては絶対的な優位性を持ってるんだけどね、彼」
そんなやりとりを尻目に、ラティが空を見上げていた。
「どうした?」
「いえ、海には変わったカタチの鳥がいるんだな、と思いまして」
「どこだ?」
「あそこです」
ラティが指差す方向。
ほとんど真上と言える空を、全員で見上げる。
「……あれか」
やはりラティは目がいい。
雲の切れ間に、ほとんど黒い点にしか見えない鳥がいる。
よく見れば、確かにちょっと変な形だ。
「……変ね」
「ですよね」
「いえ、そうじゃなくて。この辺りにあんなに高く飛ぶ鳥なんていたかしら」
首を傾げるマリアの言葉に、俺はじっと目を凝らす。
点にしか見えなかった鳥は、徐々に高度を落としているようだ。
次第にはっきりとした形がわかってくる。
「……船?」
俺の呟きに、ニナがビクリと反応した。
「い、今何と言った?」
「いや何か……船みたいなカタチだな、と」
「んー。そう言われてみれば……。リュースケさん、よく見えますね」
「目はいいんだ」
「しかし船のような鳥とは一体?」
「と、取り舵いっぱい! よーそろー!!」
皆で疑問符を浮かべていると、ニナが突然大声を張り上げた。
「ニナ様。よーそろー、ではありません。勝手に進路を変えないでいただけます?」
「ばかっ、マリア! 何故わからんのだ! 空飛ぶ船じゃぞ、空飛ぶ船!」
言われ、マリアが顎に人差し指をあてて考え込んだ。
「あ。高速飛空船スレイプニール」
「やっと気づいたか! さあ逃げるのじゃ。今すぐ!」
「ニナ様。それは不可能ですわ。船は急には曲がれませんし、加速もできませんから。スレイプニール以外は」
どこか諦観を漂わせた苦笑と共に、ふう、と息を吐き出した。
ゴウン、ゴウン。
『その船』が完全に『船』だと見えるほど近づいた頃には、船とは思えない異質な機械音が鼓膜を震わせた。
「え……ええー? ……これって……」
「……面妖な」
「船が、飛んでるな……」
知っているらしいニナとマリア以外の3人は、俺も含めて茫然とソレを見上げていた。
「……高速飛空船スレイプニール。ミッドガルドで唯一の、空飛ぶ船じゃ」
何故か警戒心を露にしながら、ニナが船について説明した。
うーんファンタジー……。
ゴウン、ゴウン。
スレイプニールは少し進路をずらして『マリア号』と併走するような位置をとる。
真横から見るとその船は3本のマストに帆が張られた、マリア号と比べても遜色のない、立派な『帆船』だ。
「着水!!」
ザァァァァ!
よく通る若い女性の声がスレイプニールから轟くと、飛空船は大きな水音を立てて海へと着水した。
舞い上がった水が霧を作り、僅かな間だけ2船の間にカーテンを引く。
「い、今のは声はやはり……」
「間違ありませんわね」
ニナとマリアがこそこそ話す。
霧が、晴れる。
マリア号の甲板から竜輔たちが見ているように、スレイプニールの甲板からも2対の視線が向けられていた。
正確にいえば、その背後に鎧を着込んだ兵士と思しき人影が黙然と整列しているが、マリア号側を注視しているのは2人だった。
1人はローブを着てフードを目深にかぶった人物。
ガントレットが垣間見える左手には三つ叉の槍を掲げ持っており、槍は黒い金属の光沢を放っている。
もう1人は白い紋様の走る青い鎧を着込んだ青年――『勇者』オーフェス。
オーフェスは腰に大きな剣をぶら下げた冒険者風の人間で、爽やかな笑顔を浮かべていた。
先ほどの声は、ローブの人物だろうか。
と、竜輔たちが視線をそちらに向けると、その人物は自らのローブを鷲掴みにして、バサリと一気に取り払う。
「おお?」「えっ!」「なんと」
あまりに見覚えのある顔に、竜輔、ラティ、ナツメの3人は素っ頓狂な声を上げる。
腰まで伸びるサラサラした白金の髪を、鬱陶しげにバサリとかきあげたその女性。
白竜人特有の黄金の瞳が竜輔たちをじろりと睥睨する。
白竜城の精兵たちを従えて、王者の貫禄を見せ付けた。
「げぇ! やっぱり姉上!」
「やっほー、オーレリアちゃんお久しぶり。って何でオーフェス君が?」
「げぇ、とはご挨拶だなニナ。それにマリア。ちゃんはやめろと言っているだろう。しかもまだ海賊ごっこを続けているのか、お前は」
「こんにちは。お久しぶりですマリアさん」
ニナよりは成長し、しかしエルザ王妃ほどには成熟されていない肉体。
マリアや竜輔と、同年代だと思われる。
スラリと伸びた手足を白を基調とした鎧で覆い、槍を掲げたその姿から連想される単語は――戦乙女。
彼女の瞳が、竜輔を捕らえる。
「貴様がリュースケか。我が名はオーレリア・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイ。白竜城の第2王女だ。見知りおけ」
あくまで上から目線を貫き通し、彼女は堂々と名乗りを上げた。
「あ、僕はオーフェスと言います。よろしくお願いします」
その後、にこやかに普通の自己紹介をする彼もまた、大物に違いない。
一人ひとりに頭を下げるオーフェスの視線が、ニナのところでピタリと固定された。
「?」
首を傾げるニナ。
オーフェスの体に、感電したような衝撃が走る。
「……可憐だ」
「な、ナヌ?」
いきなり褒められて、ニナが喜ぶというよりはたじろぐ。
「うふ。リュースケ君、ライバル登場ね」
「はいはい、そーね」
オーフェスのそれを聞きとがめ、オーレリアが少し不機嫌そうな顔をする。
「我とそう変わらん顔だと思うが。何故我のときと反応が違うのだ」
「え? 全然違いますよ。もう全然違いますね」
「何故2回言った」
オーレリアの額に青筋が立つ。
「(……これはひどい)」
「(女として、立つ瀬がないですよね……)」
「(アハハ。オーレリアちゃんかわいそうー)」
ナツメ、ラティ、マリアが身を寄せ合ってひそひそと話し、オーレリアに憐憫の眼差しを向けていた。
マリアは面白がっている節があるが。
「(オーレリア様とニナ様か……)」
「(顔はそっくりだけど、何故か昔からモテるのはニナ様なんだよな)」
「(だってオーレリア様怖いもん)」
さらには背後の兵士達もこっそり内緒話。
オーレリアの額の青筋が増える。
だが別に彼女はオーフェスに恋慕を抱いているわけでもなんでもない。
女として悔しくはあったが、状況をわきまえて怒りを呑み込む。
「……まあよいわ。だが残念ながら、ニナはそこにいるリュースケと婚約している」
「なるほど! 彼女のためなら命を惜しまないのもわかりますね」
特に嫉妬のような感情は見せず、オーフェスはうんうんと頷いた。
「そ、そうか? まあそうじゃろうな。わらわは姉上と違って可憐な美少女じゃからな。ふはっはっは!」
「ニナ、貴様……」
調子にのったニナが、オーレリアの怒りの炎に油を注いでいた。
「そちらの髪の黒い方がリュースケさんですか」
「ああ。俺が竜輔だ」
そしてオーフェスとリュースケ。
2人の視線が――交錯する。
「「 !!! 」」
――ゾク!
その瞬間、2人は互いに言い知れない感情を抱いた。
ニナを巡る恋敵への嫉妬?
否。
あるいはそれも無関係ではないかもしれないが、最も重要なことではない。
魂が燃え上がるような――それはもっと根源的な対抗心。
運命とか遺伝子とか、そういったくびきからも一切合切乖離された、存在としてのライバル意識。
言葉に言い表すことは難しいが、2人が考えたことはほぼ同一。
(なんだかこの人とは)
(なんだかコイツとは)
((いずれ白黒つけなければいけない気がする))
――そう。
何故かは分からないが、今2人は猛烈に『闘志』を掻き立てられていた。
『英雄』リュースケ。
『勇者』オーフェス。
これが2人の、一番初めの出会いであった。
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