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第17話 暴食の魔法
グオオオオオ!
身の毛がよだつ低音の哮りが、ビリビリと大気を震わせる。
ガルムは力強く大地を蹴った。
その双眸が捉える獲物は、キルシマイア。
魔法の杖を取り出していたキルシマイアだが、全身筋肉の塊が生み出す驚異の速度に、まったく反応できていない。
「ちっ!」
俺はガルムとほぼ同時に動く。
全身全霊、全力全開。砕けろ俺の拳とばかりに、あらん限りの力でキルシマイアに迫る魔狼の側頭部をぶん殴る。
「だあああああ!!」
ゴガァァァァン!! バキバキバキ!
生物を打ったとは思えない硬質な衝突音が響く。
僅かに突進の軌道を逸らされたガルムは、キルシマイアを掠めて背後の巨木を薙ぎ倒した。
「い、いってぇぇぇ!!」
あまりの痛みに涙目で跳ねまわる。
折れてはいないが血が滲み、殴った衝撃で麻痺した右手はしばらく使えないだろう。
ガルムは思いっきり突っ込んで痛かったのか、頭をブルブルと振っている。
「キルシマイアー!」
今のうちにさっさと転移してくれ!
こいつ無理! マジ硬い! 肉弾戦で倒せる相手じゃねぇよ!
スッ。
おいキルシマイア。何故目を逸らす。
「すみません……転移は連続使用できないので、あと5分程……」
ヲーイ! ざけんな!
「じゃあこいつの弱点は!?」
「巨大な体躯と鋭い爪牙による攻撃力、いえ破壊力。産まれ持った魔力が無意識に創り出す魔法防壁。死角はありません……」
ちょ、イヌ科の分際で魔法防壁とか!
アホみたいに硬かったのはそれかよ……。
復帰したガルムは、その瞳に憤怒を宿して俺を睨みつける。
ですよねー。そりゃ怒りますよねー。
ガシッ。ぽいっ。
「むぎゅ!」
ガタガタ震えて役に立たないニナを、離れたところに放り捨てる。
「3分だ! それ以上は持たん!」
「! は、はい!」
キルシマイアはニナに駆け寄る。
杖を胸の前に掲げて、瞳を閉じた。
よくわからないが、集中しているのだろう。
グルアアア!!
ガルムは怒り狂って俺に躍り掛かる。
咄嗟に右へ転がるように躱した。
ガチン!
直前まで俺がいた空間が、ガルムの牙に噛みつぶされる。
俺は体勢を立て直すが、ガルムの追撃が速かった。
振るわれた右前脚を、両腕を交差して受け止める。
ドガッ!
凄まじい衝撃に視界がブレたかと思うと、次の瞬間背後からの衝撃に肺の中身を噴出した。
「がっはっ!」
気づけばガルムから数メートル離れている。
どうやら吹き飛ばされて木の幹に叩き付けられたらしい。
単純な力で劣っているわけではないが、質量の差は如何ともしがたい。
とか考えてる間に、ガルムは目前まで迫っていた。
「っ! 舐めんなああ!」
ズガン!
激突の勢いで、背が幹にめり込んだ気がした。
ガルムの前足をそれぞれ両腕で。ガルムの顎を右足で蹴りあげるように。
奇跡のようなバランスで力が拮抗する。
これは……。
触れているようで、触れていない。
ガルムの体の表面に、硬質な「壁」が確かにあった。不可視の鉄で覆われているかのようだ。
せいぜい1ミリ程度の厚さだが、底なしに分厚く感じる。
ギシ、ギシ。
ガルムを喰いとめる俺の全身と背後の樹木、特に右手が悲鳴を上げ始めた。
「ぐっ……!」
俺はかかる力を背後に受け流し、側面へと無様に転がり出る。
バキバキ!
また、1本の木が犠牲になった。
悪いが、自然環境を考慮する余裕はない。
「ぜぇ、ぜぇ」
まだか、キルシマイア!
一瞬ガルムから目を離し視線を向ければ、キルシマイアは先程と同じ姿勢で、顎から汗を滴らせている。
速く……!
正直、もう次は受けきれる自信がない。
グルルル……。
ガルムがゆっくりとこちらに向き直る。
やっべー。クソが。足がガクガクしやがる。
びびってるわけじゃない。単に疲労でいうことを聞かないだけだ。
手詰まり。お手上げ。打つ手なし。
……ただ1つを除いては。
不確かなモノに縋るのは好きじゃないんだが、殺される前に試す価値はあるだろう。
「これでも、喰らえっ……!」
ガルムに向けた俺の右手から、闇が迸る。
闇がガルムを覆い尽くす寸前、奴は一瞬この黒いモノを嫌がるようなそぶりを見せた。
いけるのか……?
ガルムをすっぽり闇が覆ったところで、右手から切り離す。
…………………………。
出てくる気配は――。
パキ。
ありました。
地面に散らばる枝や木片を踏みしめながら、ガルムがその面を闇の中から現出させた。
ガルァアアア!
三度、涎を撒き散らしながらガルムが俺に飛びかかる。
オワタ。
って諦めるかああ!
俺は上半身を背後に倒して襲いかかる牙を躱しながら、全身のバネを使って直上のガルムの首に回し蹴りを叩き込んだ。
ドゴォ!
俺の脚はガルムの首の肉に深々と沈み込む。
足を振りきると、その巨躯が吹き飛んで地面をごろごろと転がった。
「……あれ?」
ガルムはよろよろと立ち上がる。
弱々しく俺を見て、耳をパタリと倒し、尻尾をだらんと下げる。
何だ……? 怯えている……?
そして魔狼ガルムは俺に近寄ると、ごろんと仰向けになって腹を見せた。
魔狼ガルムは、自分の縄張りに人種の臭いを嗅ぎ取った。
侵入者を八つ裂きにしてその肉にありつこうと、臭いを辿って3匹のヒトを発見する。
ヒトを狩るのは難しくはない。
その脆弱な肉体は容易に噛みちぎることができるし、奴らの非力な攻撃など、自分の肉体に傷ひとつ負わせることはない。
いや、ヒトに限らず、これまで彼の肉体を傷つけられた者など、まったく存在しなかった。
そしてヒトの雄との戦いになる。
今回の獲物は、ヒトにしては生きが良いようだが、それでも自分の敵ではない、とガルムは思う。
追い詰めて、彼の直感では、次の一撃で決まるはずであった。
そこでヒトの雄は、奇妙な黒いモノを吐き出してきた。
突然の奇行に、ガルムはソレを躱すことができない。
ソレが体に触れても、痛くも痒くもなかったが、触れた部分が妙にひんやりとする気がして、不快であった。
それは、ガルムが産まれてからこれまで、常にその肉体を覆っていた魔法防壁の消滅を意味していた。
しかし無意識にそれを展開していたガルムは、そんなことには気が付かない。
黒いモノを振り払うようにソレから脱出したガルムは、予定通り最後の一撃をヒトの雄に見舞うべく飛びかかった。
そして、衝撃が彼を襲う。
気づけば地面を転がされており、ガルムは自分の首にはしる未知なる感覚に恐れ慄く。
それは「痛み」。
生まれてこの方魔法防壁に守られ続けてきたガルムにとって、それは初めて感じる本格的な「痛み」であった。
彼はその感覚をもたらしたこのヒトの雄に、恐れ、否、畏れを抱く。
初めて遭遇した、自分に「死」を与える可能性のある存在に、森の王者は敗北を認めた。
俺はひとしきりガルムを撫で回して親睦を深めた。
そしてガルムが森の奥に帰るのを見送ってから、キルシマイアと、腰を抜かしているニナに歩み寄る。
「おい」
「す、すみません! あと20秒程で……!」
「いや、もういいから」
「……はい?」
キルシマイアは閉じていた両目を開いた。
「え? あれ? ガルムは?」
不思議そうにきょろきょろと周囲を見回すキルシマイア。
「や、やりおった……」
一部始終を見ていたニナが、ごくりと生唾を飲み込んで、恐るおそるといった様子で口を開いた。
「ガルムを……災害級の魔物を、屈服させおったわ!」
ニナは満面の笑みを浮かべて、俺に抱きついてきた。
「ぐはっ」
すでに足腰が限界にきていた俺は、成すすべもなく地面に押し倒された。
「いてーよ! ちょっと労わってくれよ!」
「凄いぞリュースケ!」
ニナは聞く耳持たず、俺の胸にグリグリと頭を擦り付けていた。
やれやれ。
俺はニナの頭を、なんとか動く左手で撫でた。
「ああ……お前の、魂の伴侶だからな」
にっ、と歯を見せてやれば、ニナも同じように笑顔を見せた。
茫然としていたキルシマイアが状況を把握して、今度は愕然とし始めた。
「そんな……単身でオーバーSランクの魔物を……? 信じられません……」
「いやそんな信じられない魔物がいる場所に転移する、お前の方が信じられねぇよ」
俺のつっこみに、キルシマイアは頬を染めた。
「申し訳ありませんでした……。しかし一体、どうやって?」
「魔法を使った」
俺はニナを抱えながら、なんとか上半身を起こす。
「と、おっしゃいますと、『暴食』の魔法ですか?」
「ああ」
「それなんじゃが、わらわは見ていてもよくわからんかった。特に効いているようには見えんかったぞ。効果があったのか?」
ニナが首を傾げて尋ねてくる。
「多分な。知識不足で、確信を持つには至っていないが」
「災害級の魔物を退ける『暴食』の魔法……。どのような力を持っているのです?」
「それについてはキルシマイアの意見も聞きたいんだが……とりあえず、戻らないか? 腹が減って力が出ない……」
ハッとしたようにキルシマイアは頷いて、魔法の杖を振るった。
魔法陣が展開し、周囲が光に包まれる。
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